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生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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美術室には小鳥たち①

 今回は少し長くなってしまいました。
っていうか、短くまとめられなかったってだけなんですが・・・。
3回くらいに分けてちびちびUPします。ぼちぼち 読んでいただけたら
嬉しいです。
下からだと読みにくいのでこのお話だけ読み下ろすように設定変えました


20060119225852.png





美術室 は3階の端にあり
窓のすぐ近くに 黒い実をつける大きな木があった。
ここから 降りられるかな・・キリエが手を伸ばすと
気配に驚いて 数羽の小鳥たちが 一斉に 飛び去った。 



・・ 壁に沿った低い棚。
いくつものキャンバスが無造作に置きっぱなしになっている。

文化祭に展示した作品を 部員たちが 持ち帰らず
卒業した生徒まで、そのまま置いている・・そんな感じだ。

キリエのような物好きの転校生でもいない限り
誰も手にとって見ないのか、
それらの絵はどれも ほこりを被って沈黙していた。


絵の出来不出来はともかく、一応完成した絵ばかりだと思っていたが
重ねて立てかけられた後ろの方の 
粗いタッチの下塗りだけの人物の絵が目にとまった。


モデルはこの学校の女生徒。
「伝統あるスタイル」と校長が言うところの古めかしいデザインの制服。
ダサいって はっきり言ったら?とキリエは思ったけれど
ここの生徒たちは妙に素直で、
レトロの極みのこの制服を誇りにしているらしい。

絵は まだ下描きの段階だったが
少女のはっきりした意志の強そうな目は 印象的だった。



* * *


「美術部の人?」

急に後ろから声をかけられ、キリエはドキリとする。
レトロな制服に似合う レトロな三つ編みの人・・

─ 見たことあるぞ・・・・
 って・・ 転校してきてから1ヶ月は経つのに
キリエはまだクラスの子の顔も名前もほとんど憶えてない。

記憶をなんとか たどろうとしていると

「それ、私。」

その人はいたずらっぽく笑いながら 絵を指差して言った。
─ この人だったんだ
・・・昨日見つけた 下描きの油絵。

見比べる。確かにその人だ。間違いなかった。

「まだクラブ入るかどうかも決めてません。あなたは 美術部の人?」

「私?そうね、私は’美術室の人’・・・かな。」

聞こえるか 聞こえないかくらいの小さな声で
その人は 歌でも歌うように そう言った。


細い三つ編み 白い肌 
真っ直ぐに相手を見る大きな目も 絵のとおりだった。
3年生かな?キリエの周りの子たちより ずっと落ち着いて見えた。
真面目そうなのに 名札はつけていなかった。


「お願いがあるの。」

その人は言う。
顔は笑ってたけれど声に何か真剣なものを キリエは 感じ取る。

「その絵、完成させてほしいの。
 ’美術部のひと’に頼んで 描いてもらってたのに
       描き掛けで放り出されちゃった。」


「私 油絵なんて まともに描いたことないですよ。
 それに 描きかけの他人の絵の続きなんて・・・・・」
        
初対面の、それも絵が描けるのかどうかも解からないキリエに
何でそんなこと頼むのだろう・・
─ もしかして からかわれてるのかな・・・ 

けれど、その人の周りの空気には
ほんのかけらも悪意の気配がない。


あまりに突然な申し出だったのと 
他人に踏み込まないキリエのいつものクセで
その人の名も 絵の作者のことも 聞きそびれた。


* * * *



とりあえず、美術部に届けを出した。
─ チームワークが良いから きっといい仲間ができるよ・・と
担任の’物理’が薦めるから 運動部は 入らない。
生徒と目も合わせられない地味な研究者タイプ。
「運動部がお薦め」なんて 絶対この物理個人の意見じゃなさそう。
やたらと’いい学校’をにこやかに強調する先生たち。
どうも この学校 胡散臭い。

「いつでもいるから きっと描いてね。
     あなたに続きを描いてもらいたいの。」

「三つ編み」の、その言葉が妙にひっかかって
届の用紙に「美術部」と書き込んだ。

    *

「活動なんか してないぞ、あそこ。」

やっと名前と顔が一致したひとり、
ヤスモト コウスケが 言う。

「かけもちのヤツも多いし 
 とにかく文化祭に1作でも出しとけば OKってなクラブだな。」

ヤスモト自身は 運動部リタイヤ組で 帰宅部だという。

「美術室なんか 行っても誰もいないと思うよ
 それよりクラスのヤツ集めるから カラオケ行かない?
 ヨシタニ キリエちゃんの 歓迎会ってことでさ・・。」

ヤスモトの言葉を 軽く流して、美術室に向かった。
人の歓迎会にかこつけて 騒がれるのはごめんだ。



* * * *



事情もわからないまま 他人の絵の続きを描くわけにもいかない。
それでも 確かに「三つ編み」は モデルとして
どこかキリエをひきつけるものがあった。

─ そのうち事情を話してもらえるかもしれないし・・。

キリエはとりあえず自分のスケッチブックに 
彼女を描くことにした。
絵を描くことは 好きだった。


─ 他人の事情に興味を持ったり 
人の頼みをどうにかして叶えてあげようなんて
自分らしくないなぁ・・調子狂っちゃう
・・ キリエは思う。

   *


転校ばかりしてきた。
転勤が多い父に 母は意地でも「家族は一緒」を貫いた。
親は姉の転校の時期には神経を使ったが 
次女のキリエの方は「何とか上手くやっていける子」だと
そう言って あまり気に掛けてくれなかった。

─ なんとか やっていける

キリエの学んだことは 
出来上がった友達関係に無理やり入らないこと。
イレテモラッタ・・という 立場を守ること。
期待しすぎないこと・・・。
自分を見せすぎないこと。近づきすぎないこと。




* * * *

「三つ編み」は キリエが放課後美術室に行くと
いつもひとりで待っていた。

「これ描いてた人って もう絶対 続き、描かないんですか?
    あ、卒業したとか・・?」

スケッチブックに鉛筆で大まかなかたちをとりながら キリエは聞く。

「話したくないことだったら いいんです。ごめんなさい。」


窓に一番近い枝にとまって こちらを見ていた小鳥が
軽く枝を揺らして 他の枝に飛び移る。

「三つ編み」は 飛び去ったあとの鳥のいない枝を
しばらくの間 黙って見つめていたが
振り返ってキュッと唇を噛んだあと
キリエが考えてもみなかったことを 言った。


「描きかけなのにね。 事故で死んじゃった・・・

      私 ちゃんと 仕上げてほしかった。」











         (②に続く)

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美術室には小鳥たち②

美術室には小鳥たち②です。
上の①からお読み下さい。


mituami.jpg




こういう時 言うべき言葉が見つからない。
キリエは 一瞬鉛筆の動きを止め 「三つ編み」の顔を見る。

「三つ編み」は こんなことを嘘や冗談で言う人ではない。
知り合って間もないけれど キリエにもそれだけは
信じられるような気がした。


グラウンドの野球部の掛け声と 吹奏楽の練習の単調な音だけが
静まり返った美術室に響いていた。

─ この絵を描いてた その「美術部のひと」はもういない。
  絵を完成させることも できない。
  そういうことなんだろうか?


「いのちって こんなに簡単になくなっちゃうんだって思ったの。
 交通事故、ほんとに一瞬のこと。
 ・・・・・・生きたかったのにね。」


後ろ姿の「三つ編み」の真っ直ぐに伸びた背中を見ながら 
キリエは返す言葉を 静かに飲み込む。

─ それなら余計、そのひとは、
  自分の絵に 重ね塗りなんてして欲しくないと思う。
  自分の手で ちゃんと仕上げたかったんじゃないのかな・・
  

この絵を描くこと、この人に係わり続けるということは
他人の悲しみに 踏み込む覚悟が 要るのかもしれない。

ずっと未完成のまま ずっと下描きのままの
キャンバスの上の「三つ編み」。
このまま キリエたちが卒業してもずっと
この棚の上に い続けるのか・・と思ったら
完成させて欲しいという「三つ編み」の気持ちも
少し 解かる気がした。



   *



「で、友達は できた?」 「三つ編み」が 聞く。
「転校生でしょ、それも数回 転校経験済み?
   ふふ 2年生なのに 制服新品だものね。」

「他人のこともできるだけ聞かない。答えがなくても 気にしない。
 自分のことも言わない。深入りしない?
 それって・・転校生として身に着けた 自分を守るワザ?」

返事も待たず 「三つ編み」が 重ねて聞く。

「友達なんて・・私は 別に・・」
「私はどう?友達? キリエちゃんは 私に名前も聞かないね?」

スケッチブックに書いたキリエのネームを指でなぞりながら
「三つ編み」の目は笑っていなかった。



*  *  *  *



「ヨシタニ キリエっ!
  今日 美術部部長と副部長、クラブ行かすからなっ。」

教室中振り向くような大きな声で ヤスモトが話しかけてきた。
おせっかいなヤツ・・声、デカすぎ。

部長、副部長はおろか、キリエが美術室に通いだしてから
実際のところ 「三つ編み」以外の誰も
放課後 美術室に来ないのだ。


「へぇ・・ヨシタニさんって 絵が得意だったんだぁ。
   もうクラブ入ったの?」

近くの席の 女子が聞きつけて 話しかけてくる。
「美術部顧問って 今いないんでしょ、ヤスモト?
 産休の先生 クラブ顧問はしないんだって。
 ああ、タナカちゃんって そろそろ臨月だっけ~?」

話は もうキリエを通り越して
キリエの知らない美術教師の おめでたの話に変わっていく。
会話の輪の真ん中の位置に立たされて、
解からない話題に 愛想笑いで相槌を打つ時間は
酷く 長く感じられた。


    *


「あ、そう?じゃあ、今日は モデルは休業ね。」

「三つ編み」は言って、さっさとドアの方に向かい 
廊下に一歩踏み出してから 少し立ち止まる。
そして 反らした上半身を教室側に残し、「三つ編み」は言った。

「いい友達なんじゃない?ヤスモトくん・・だっけ?」



「どこにでも 一人はいます。転校生が珍しくて 面白がって構うヤツ。
 でも すぐ飽きちゃうか 新しい転校生が来る・・。」

「そうかな?」
「違うって言えますか?」

「例えばさ・・・。
 小さい頃 家庭の事情で自分だけここに 住んでるの。
 遠い親戚に預けられて。
 親の育児放棄のせいで愛情慢性不足ぎみ。

 自分がこの土地になじむまで それは 辛かったから。
 ずっと寂しかったから・・。
 でも溶け込んでみたら 結構ここで楽しみも見つけられたから

 そんなヤツだから 他人のこと 気になるの・・」

「ヤスモトが?」

聞き返すキリエの目を「三つ編み」は 真剣な目で見返した後 
スイッチが切り替わったかのように 驚くような明るい顔で笑った。

「ふふ、そんなこともあるかもしれないし ないかもしれないね。
 ああ、今のは 私が作った話だから。
 ヤスモト君は 私の知り合いじゃないし。」

一瞬信じた。
なあんだ・・と キリエは急に力が抜ける。

「ま、だから 不幸な子だとか、
 だから自殺願望があるだろうとか
 勝手に大人に想像されるのが 一番 迷惑なんだな、
 こういう 場合。」

呆け顔のキリエを 一人残し
「三つ編み」は 向こうを向いたまま そう付け加えると
じゃあね、と手を振った。


  *


「じゃあーん。部長のアサギ君と副部長のフクオカさんでえっす~。」
ついさっき 静かに閉じた戸が 騒々しい音とともに開けられた。

「帰宅部の星、ヤスモト君もわざわざ来てやったぞ。」

ヤスモトに制服のジャケットの襟をつかまれた男子1名、
ひとなつっこそうなエクボの女生徒1名。

キリエは スケッチブックを閉じて鞄の脇に置き、会釈する。

「3年は引退してるから 私たち同じ2年。
 アサギ君は3組、私は1組。 ヨロシクね。」

─ アサギ君は生徒会やってて、私はコーラス部と掛け持ちなのよ
フクオカさんはキリエに あまり来られない理由を説明した。


「二人ともサボってばかりいないで、絵、描きんしゃい。
 新入部員が一人ぼっちでクラブしてるなんて
 寂しいでしょ、なぁ、ヨシタニ。」

「オマエこそ、フラフラ帰宅部で 
  退屈してるんだったら 美術部来れば?」
アサギ君はヤスモトの 首を絞める格好をし 
ヤスモトは派手なリアクションをする。

─ 男子って こんな風にじゃれあったりするんだ。
キリエが 珍しそうに眺めていると 
フクオカさんがキリエの肩を叩きながら 笑った。
「可笑しいでしょ。周り、こんなバカばっかり。」


人が集まるだけで 同じ部屋がこんなに違うのか・・と思うほど
その日の美術室は 活気があった。
モノクロの絵に色彩がついたよう・・
キリエは 壁や天井を初めて見るもののように 首を巡らして見た。


ヤスモトは 思いつく限りの 学校の話題を提供しつづけ、
フクオカさんとアサギ君の二人は キリエにも解かるよう、
補足しながら会話した。

キリエの担任の物理のモリモトは ここの卒業生で 
遠い地方の学校から 最近赴任してきたことや
実は 絵が上手いらしいなんて話も このとき初めて聞いた。

フクオカさんは コーラス部で練習してる曲を男子二人に指導し、
二人のあまりの下手さに キリエも思わずふき出した。


窓の外では 鳥たちが木の実をついばんでいる。
下手な歌声を 面白がるかのように 一羽の鳥が
一番近くの枝にとまって チチチと鳴いた。


    (③に続く)







美術室には小鳥たち③

3話完結の連載モノです。①から読んでくださいね。
tori.png




「たまにしか来れないけど ごめんね。」

フクオカさんが言ったとおり そう賑やかな日は続かない。



スケッチブックの「三つ編み」は、ほぼ完成していて
この後 どうしたらいいのか 
キリエは 考えをまとめかねていた。

久しぶりにまた あのキャンバスを出して来て 眺めてみる。
自分で描いてみると、この作者の圧倒的な上手さが 改めて解かる。
キャンバスを手に取って眺め、ふと 裏側の隅っこに目がとまった。

気がつかなかった。

木枠の隅に ごく小さく書かれた yosiharu というサインを
キリエは 見つけたのだった。

    *

「三つ編み」は キリエの教室での話しを聞きたがり
ヤスモトのすることなすこと面白がる。
そして、キリエの口にするクラスメイトの名前が増えるたび、
「三つ編み」は嬉しそうにその名を 繰り返して言った。

「三つ編み」のことも 時々キリエは尋ねてみる。
自分の話を楽しみに聞く人がいることも 
相手のことを知りたいと思う キリエ自身のことも不思議に新鮮で
そのことを改めて考えると ムズムズするくらいテレくさかった。


けれど「三つ編み」は もう何か聞いても
「キリエの話が聞きたいな。」

自分の話を後回しにし、
思い切って いまさらながらの名前を聞いても
「ミステリアスなままも 案外楽しいよね。」
なんて言って 明るく笑った。



「疲れたから 今日は もう帰るね。」
「三つ編み」はあまり 長く美術室にいないようになっていた。



「三つ編み」がいない時間が増えるのと交替のように
この頃は コーラス部を切り上げてフクオカさんが来たり、
生徒会の仲間を連れて アサギ君が覗きに来るようになった。
ヤスモトもたまに顔を見せ、けたたましくしゃべっては 帰って行く。

たまにしか来ないと聞いていた他の部員たちも 
少しずつ 顔を出すようになって来ていた。


「三つ編み」はそのうちの誰とも 
同じ時間に美術室に来ることは なかった。



* * * *



「OBの知り合いに頼んで、念のため5年上の先輩まで聞いたけど、
 この数年間の内に 事故で亡くなったヨシハルなんて先輩、
    いないわよ。」

フクオカさんにだけ 「三つ編み」のことを打ち明けてみた。
「三つ編み」に会えない日が続いていた。
仲間が増えたのは嬉しかったけど 
やはり「三つ編み」に会えないと寂しかった。


「ここの制服着てるんだし たぶん その三つ編みの人は3年で
 絵を描いたヨシハルさんも そんなに上じゃないはずだよね。

 ここの美術部の先輩で そんな人がいないとすると・・・。」

「でも 描いたのは’美術部のひと’って、聞いた。」
「よその高校の・・とか・・?」

下絵の「三つ編み」を 片手で目の高さまで持ち上げて眺め
「本人に聞いた方が よっぽど早いのにねぇ・・」
フクオカさんは ふっくらした白い もう一方の手を頬にあてて考える。

「でも 3年生の先輩でこういう外見の人 知らないなぁ・・。
         不登校の人なのかなぁ・・。」



ガタンと音がして 誰かが美術室を覗いた。
キリエの 担任の「物理」。

「あ、モリモト先生。」
フクオカさんが呼び止める。
「先生、顧問 引き受けてくださるんでしょ?
  いつまでも はっきりしないままじゃ 困ります。」

副部長の顔になって フクオカさんは 「物理」を引き止めた。
フクオカさんに 部屋の中に引っ張り込まれた「物理」の視線が 
机に置かれた絵の上で ピタリと留まる。



モリモト ヨシハル

「物理」のフルネームを先に呟いたのは
わずかの早さで フクオカさんだった。

絵が上手い モリモト ヨシハル。
でもそれは・・高校生だったのは ずっと昔のことだ。
大学を出て、遠方で何年間も 教師をやって
今年の春 久しぶりに 母校に帰ってきたと聞いている。

そして「ヨシハル」は生きている。間違いなく・・今 生きている。



その絵を見て 確かにうろたえた様子だったのに
「物理」・・・ヨシハル先生は 
「フクオカさん・・・顧問って・・やっぱり 他の先生に頼んでみます。
  それを 言いに・・今・・・ボクは来て・・」

後ずさるように 出て行こうとした。



「先生!!」

キリエが叫ぶ。このまま 知らん振りなんかできない。

キリエの声に驚いて 窓近くの木で休んでいた 鳥たちが 
一斉に 飛び立った。




「この絵は 先生が 高校生の時 描きかけてた絵ですか?」



* *  *  *



「三つ編み」は ユカさんという。

複雑な家庭で育った人だ・・ ヨシハルも噂には聞いていた。
ヨシハルは 転校生だった。ちょうど キリエみたいに。

美術部に入って、一人 放課後に絵を描いていたヨシハルに
ユカさんは話しかけてきた。
誰に対しても なかなか打ち解けないヨシハルに
ユカさんは根気よく付き合ったという。

─ 私をモデルにして 描いて欲しいな。 
ユカさんはそう言って、ヨシハルのために 美術室に通った。



「事故だったんですか?」

「詳しいことは 解からない・・。
 ただ 美術室で よく二人きりでいたと 誰が言ったのか 
 警察が僕のところにも来た。
 恋人だと思われたみたいで しつこく色々聞かれて、
 正直 逃げ出したくなっていたんだ。」

「自殺とかの 可能性もあったんですか?」
 フクオカさんが 続けて聞く。

 
 「悩みもいっぱいあったと聞いた。 
  でも、自ら死を選ぶような人ではないと 僕は思ったんだ。
  他人には 上手くは説明できなかったけど。」

 「完成してあげる事は できなかったんですか?
       ・・ユカさんの絵。」


 「親に転勤の話が来て 絵をそのまま置いて 転校した。
   内心 ほっとしていたんだ。情けないヤツだよね。本当に。」


「先生」

キリエは数歩近づいて ヨシハル先生の顔を真っ直ぐに見る。
きっと ユカさんなら こんな風にこの人と向き合って喋る。
窓の外の鳥たちを驚かすことなんて決してないだろう。 


「その絵を仕上げてって ユカさんは 私に言ったんです。
そのときの・・制服の、そのままの姿で 私の前に現れて
 描きかけで 放り出されちゃったからって・・。

 きっと ちゃんと 残して欲しかったんだと思う。
 そして ちゃんと 解かって欲しかったんだと思う。
 
 だから・・それを仕上げるのは やっぱり 私じゃない。」



キリエはスケッチブックを「ヨシハル」の描きかけの絵に並べて置いた。


* * * *


「ヨシハル~、準備室なんかで コソコソ描かないで、
 かわいい生徒と一緒に  こっちで 描こうよぉ。」

いつの間にかすっかり 部員に落ち着いているヤスモトが 
ヨシハル先生を 準備室から 引っ張ってくる。

「その ヨシハルっつーの やめなさい。
 仮にも先生なんだから 呼び捨てはいかんぜよ。」
ヤスモトの首をアサギ君が 後ろから絞める。

「仮にも、は余計~。」
フクオカさんがエクボを見せる。
フクオカさんのエクボ、いいな、好きだな。キリエは思う。

少しずつ遅れて他の部員が 入れ替わり やって来る。






ヨシハル先生は あの絵を完成させて
次は もっと大きなキャンバスで
キリエたちの姿を描き込んだちょっと幻想的な絵を仕上げる という。

「ユカさんも その絵の 仲間にはいってるんでしょ?」

キリエが聞くと ヨシハル先生は

照れくさそうに頭をかきながら 
それでも ちゃんとキリエの目をみて うなずいた。





放課後。

油絵の具の匂い。


今日も美術室には 笑い声。

窓の外の木には 前よりたくさんの小鳥たち。




あの中に 寂しがりやで世話好きな小鳥が一羽いて
いつも美術室を見守っているんじゃないかな・・


筆を動かす手を止めて キリエは鳥の声に耳を傾けた。


   






美術室には小鳥たち これでお終いです。お付き合いありがとうございました(^_^)

さくら~公園の童話①

2004、秋頃 50音順お題:「さ」


sakura.png


その公園には、年寄りの それは立派な 桜の木があります。

花の頃になると、電車や車に乗って、
遠くの町からも たくさん人がやって来て、
思い思いに 写真を撮ったり お弁当を広げたりします。


隣に植えられた若い桜は、
そんな人々の 桜を見上げる時の 表情を見ると、
桜であることを、誇らしく思うのでした。



若い桜が その、か細い枝にやっと、かたい芽を少し つけた時、
一人の老人が うつむいたまま 通り過ぎました。

「桜じいさん、私には よく 解らない。
   もうすぐ つぼみが ふくらむのに、
   なぜあの老人は、顔を上げずに 通りすぎるの?」

じいさん桜は 話しかけても ほとんど、黙っています。

もう返事してくれないか、と若い桜が思ったとき
低い静かな声で じいさん桜は言いました。

━あの老人は ずっと若い頃、 
大好きだった女の人と ここへ来て、
指の先に初めて そっと触れたんだ。

戦争が 始まって、終わって、 
ここでまた やっと会えて、
それから一緒に歳をとって
   
・・けれども 彼の方が ひとり 
長く生きてくことになってしまった。

桜の花びらの色は、きっと 
あのときの、きれいな 指先を思い出すんだろうね・・。


若い桜の問いかけに 答えたというよりは、
まるで独り言のような、じいさん桜の言葉でありました。

若い桜は、毎日やってくる老人を 
もう少し黙って見守ろうと思いました。



若い桜の芽が 膨らんで、小さなつぼみに なりました。
女の人がひとり、ため息をついて 通り過ぎました。

「桜じいさん、私には まだ、解らない。
  もうすぐちらほら花が咲くのに、
  ため息をつく人がいる。」

長い沈黙の後、じいさん桜は また独り つぶやくように言いました。


━ あのご婦人は ずっと前の冬に 赤ちゃんを産んだ。
病気で生まれた赤ちゃんのため、
この道を毎日病院まで歩いたものだ。

花の咲くころにはきっと、赤ちゃんと一緒に公園に行こう。
満開の桜の下、元気になった赤ちゃんの
笑顔を 思い浮かべながらね。
それは、叶わなかったんだけれども・・。

若い桜は一瞬、女の人の思い浮かべたその光景を 
目にしたような気がしました。

そして、見てもらえるかどうか 解らないけど、
たくさん たくさん 花をつけよう・・と思いました。



若い桜の枝に ちらほら花が咲きました。
若い女の子が、悲しい顔で通りすぎました。

若い桜が聞く前に じいさん桜は 低い声で歌うように言いました。

━ あの子は 満開の桜の下、最初の恋に さよならした。
付き合うこと自体にウキウキしてるのが、
はたから見ても 解ったさ。
だけど 気がつけばいつの間にか 相手の心は 離れてた。 
   
花見で賑わう人の中、ぽつんと置き去りにされて、
あの子は どこへも行けないで立っていた。


若い桜は、女の子が いつか、
本当に心通う人と ここへ来ることを、心から願いました。



桜の花が 満開の頃、たくさんの人が 通り過ぎました。

じいさん桜は、もう何も話さず、

はしゃいで遊ぶ子供たちにも、賑やかな宴を 開く人たちにも
・・そして うつむいて歩く人、大切な思い出に涙する人にも  
同じようにその見事な花を咲かせて見せました。


やがて、若い桜の花は 散りました。

じいさん桜の花の終わりは それは美しい 花吹雪でした。          


そして 間もなく 桜の木々は 花の後に 青々とした葉をつけ、

夏には 柔らかな木陰をつくるのでした。



ベンチ~公園の童話②

やすみさんがベンチの画像をHPにUPされたときから 
何か物語をつけさせてくださいとお願いしていました。
お待たせしました やすみさん。(笑)

               2005、8月、50音順:「へ」

sakurabennti.jpg






公園の じいさん桜の そばに
古いベンチが ひとつ ありました。




そのベンチのところに 
ある日 少女がやって来て
立ち止まって 話しかけました。


「わたし あなたを 知ってる。
 小さい頃 おかあさんと 
 しゃぼんだまを持って、よく来たわ。

 しゃぼん液のフタが うまく開けられなくって 
 ここで全部 こぼしちゃったことがある。

 ねぇ、ベンチさん、覚えてる?」




 
「さあてね、たくさんの子どもが 
 ここで しゃぼんだまをしたがるさ。

 そして 子どもは よくこぼす。
 おかげで、こっちはベタベタさ。
 迷惑な話だね。」



ベンチが何と 返事したか 気にする風もなく

「ふふ、なんだか 懐かしいね。」


少女はベンチを そっとなぜて、
スキップしながら 行ってしまいました。






また あるときは 青年がやって来て言いました。

「ああ、このベンチだ。
 小学校の はじめての遠足で お弁当食べたっけ。

 一緒に食べようって どうしても声をかけられなくて
 一人で ここに座ったら
 友達が ひとり また ひとり 寄って来た。
 一緒に 食べた。
 いいベンチ 見つけたね、って。」



ベンチは また 気難しく つぶやきます。

「小学生は どろんこ靴で
 足をブラブラさせるから 嫌いだね。

 なのに たくさんの 子どもが 
 わたしに座りたがって ケンカする。」



青年も ベンチと そのあたりの景色を
懐かしそうに 見渡して

「あれから 友達がたくさん できたんだ。
 あの日の お弁当は 最高においしかったよ。」


そして 何度も 振り返り 振り返り
行ってしまいました。




このベンチで 赤ちゃんに ミルクを飲ませたのが 
とても懐かしい という お母さんにも

初めての彼とドキドキしながら 座ったわ、という お嬢さんにも

ベンチは 同じように つっけんどんに答えます。




そんな ベンチの態度を見るにつけ
若いさくらや 季節の風たちが 
はらはらしたり いらいらしたりするのに 

じいさん桜は おだやかな顔のまま
ベンチの答えを 黙って聞いているのでした。






おしゃべりすずめが
公園の工事の話を 聞いてきたのは
じいさん桜の 花の時期が終わって 
公園に 静けさが 戻った頃でした。


「古ーい ベンチなんてさ 
 この機会に 一掃 
 なんてことに なるんじゃない?」

からすが勢いづいて言うと すずめたちも

「そうそう、新しくって おしゃれなベンチ、
 別の公園で 見た。

 あんな ベンチなら ここに 似合うわよ。
 ねぇ、さくらじいさん。」



じいさん桜が 返事をするかわりに
根元で昼寝していた 黒猫が

「ミャウー」
と一声 小さく鳴いて 
のっそり その場から 離れて行きました。




ベンチの下に 黒猫がもぐりこんだ時
おばあさんと若い娘さんが 
やって来て 座りました。



「おばあちゃん、おばあちゃん、
 思い出す?

 初めてここが 公園になったとき
 家族で 競争して このベンチに座ったんだってね。


 おばあちゃん、
 さくらの季節は にぎやかだけど

 おばあちゃんは このベンチに座って見る 
 どの季節の風景も ひとつ ひとつ
 大好きだったんだってね。

 おばあちゃん、

 そんな 話を 私が小さいときから
 いっぱい いっぱい してくれてたんだよ。

 おばあちゃん、おばあちゃん
 何か 思い出した? 」



おばあさんは 静かに顔を上げ
あたりを 見回し 小さくほほえんで
ベンチの ペンキのはがれたところを
そっと 指で なぞりました。


ぼんやりと どこかを見ているような その瞳に 
やわらかい光が 宿ったように見えました。




じいさん桜は 
そんな ふたりの座る ベンチの上に
静かな 木陰を つくり

さわさわと 優しい葉っぱの音を 聞かせてやりました。








ベンチの上で 黒猫が動きません、と
報告をうけた 公園の管理の人が駆けつけたのは

そのベンチを運び出す 予定の日のことでした。




「たかが ネコ一匹で どういうことだ。」

管理の人が 見にいくと

どうしたことでしょう



カラスたちと すずめたちが
ずらりと並んで
行く手を邪魔します



ベンチの上には いつもの 黒猫が どっかりと 座り 
近づこうとすると 
「フー」

威嚇の声を出し ジロリと睨みます。


カラスも すずめも ベンチを少しでも動かそうものなら
いっせいに 飛び掛ってきそうな様子です。




      ****************





じいさん桜の そばに
古いベンチが あります。

ペンキを 塗り替えられ
修理され
古いけれども それは大切にされています。






ベンチは このごろ こんな風につぶやきます。



覚えていてくれて ありがとう。
思い出にしてくれて ありがとう。


それは 何よりも 幸せなことなのだね・・・

なぁ・・さくらじいさん




そう言ってから コホンと咳払いしては
また、気難しい顔をして
黙り込むのでした。









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満月の夜に~公園の童話③

春のトラックバック企画「月と桜」に参加した時のものです 
          2005.4  50音順:「ま」


mooncat.png




毎年、桜の花が咲きだすと
公園の係りの人たちが 花見客のために
提灯の準備を始めます。

去年、じいさん桜の周りには
花を 下から照らし出す、ライトも取り付けられました。

ますます見事な 夜桜に
たくさんの人がやって来て 
口々に じいさん桜を 褒めて行きます。


若い桜は、そんなじいさん桜を 
いつも誇らしく思っておりました。




夜の花見の客が 増えだすと、
若い桜がうきうきするのに対して
じいさん桜が、ますます無口になっていくことは
若い桜も 気づいておりました。

それでも、前は ぼちぼち、
昔話なんぞを しゃべってくれていたのに

去年からのじいさんときたら
提灯の準備の始まる頃から、
むっつりと押し黙ったまま
何一つ答えても くれません。 




お喋りすずめが言いました。

「じいさんは うるさい歌がきらいなのよ。
  花見の客の歌ったら、全くひどいものだもの。」



知ったかぶりのカラスが言いました。

「じいさんは オイラが ゴミの置き土産を喜ぶのが 
             気に食わないのさ。」


春風が ふわりと口を挟みます。

「違うわ。桜じいさんは 威張ってると思われるのがいやなのよ。
    一番の人気者は 桜じいさんなのは 皆認めてるのにね。」



若い桜は みんなのおしゃべりを聞きながら、
どれもそのようであり 
でもやっぱり 
どこか違うような 気がするのでした。

 
  

桜じいさんの足元で 昼寝していた黒猫が、のっそり起き上がり、
じいさん桜を 首を伸ばして見上げた後、

慌てて飛び立つすずめを チラと横目でみただけで 
ツイと どこかへいってしまいました。

誰も その棲家を知らず、
いつからこの公園にいるのかもわからない黒猫、
じいさん桜と 同じくらい長生きしてるという噂のある 黒猫です。






「桜じいさん、今日はいいお花見日和だね。」

「今日の夜あたりは 随分と人が集まって にぎやかだろうね。」

「じいさんの足元は 一番人気だから、
  ほら もうこんなに早くから 場所を取ってる人がいるよ。」

若い桜は じいさん桜の心の内が 解らないまま 
時々話しかけてみましたが
やはり じいさんは 黙々と見事な花を咲かせているだけです。






ある日、久しぶりに 黒猫がまた、桜じいさんの足元にやってきて、
一声「ミャウ」と鳴きました。

若い桜は そのとき、じいさん桜が
久しぶりに「ホゥ・・」と  
ため息とも返事ともつかない 声を出したのを 聞きました。


その夜のことです。



大勢の花見の客の 
それぞれの宴がにぎやかな その時に
どうしたことでしょう
フイっと ライトが消えました。

つづいて、連なって揺れている提灯も 消え
あたりは 漆黒の闇になりました。



一瞬のざわめきの後、誰とはなしに 空を見上げると
雲の間から、それは美しい満月が現れ
じいさん桜を 上から 柔らかな光で照らしました。



若い桜は、お月様に照らされて
ため息がでるほど美しい じいさん桜を見て

じいさんが一度だけポツリと言った
「お月様に 申し訳ない。」
という言葉を 思い出しました。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「何でまた 電気がいっせいに 消えちまったんだろう。」

「まぁ いいさ、すぐに復旧したことだし。
  どこからも苦情が来なかっただけでも 儲けものなのにさ、
  なんとオレなんか、今日褒められちまったんだよ、            
  すばらしい夜桜でしたってさ。
 
  オイ、黒猫、お前 昨日の晩、
  電気に何か悪さ しなかっただろうな?」



じいさん桜の周りを掃除する 公園の係りの人たちの足元で
 
黒猫は 目をつぶったまま、

耳だけピクン、と動かしました。

やさしい黒、やわらかな闇~公園の童話④

                         2005.11  50音順お題:「や」

black2.png





公園の秋も過ぎてゆき
じいさん桜のきれいに紅葉した葉も すっかり落ちてしまいました。

「なんだか 寂しくなっちゃったね、桜じいさん。」

立ち止まって眺めていく人もなくなった 自分達のはだかんぼの姿を
少し不満げに見ながら 若い桜は言いました。
「やってくるのは 猫だけだ。」


じいさん桜の幹は 立派で太く、
冷たい風を しっかり さえぎります。
葉を落としたこの時期には 
そばに気持ちの良い陽だまりもできます。

黒猫は いつも どこが公園の中で一等暖かいか 知っていて
のそり、やって来ては うつらうつら眠っています。

黒猫は じいさん桜と昔からの馴染みのようでありましたが
毎日 そばにいても 特に何か話しをする様子もありません。

若い桜は そんな黒猫とじいさん桜を 
少し不思議な思いで 見ておりました。



*  *  *


「あ、黒猫。私 猫は大好きなんだけど・・黒だけはダメなんだよね。」
「うんうん、解かる。なんか 不気味な感じするもんね。」

制服の女の子たちが おしゃべりしながら 通り過ぎて行きます。


「あーあ、朝から 黒猫横切ったぜ、不吉、不吉。」
「あっちから 回って行こうよ、お兄ちゃん。」

公園を抜けて学校へ向かう兄弟が その日は道を変えて行きます。


「シッ、シッ、 あっちへ行け。」

石を投げる男もいます。



そういう時 若い桜は 黒猫に何も声をかけないでいるのが
随分と薄情な気がして じいさん桜を伺い見ます。




「黒猫は 不吉なんかじゃないよ。 幸運を連れて来るって聞いたもん」
たまには そんな風にかばってくれる 子どももいます。

若い桜は嬉しくなって 黒猫の様子をチラと見るのですが
そんな時でも 当の黒猫は 全く気にも留めないという様子で
陽だまりで 目をつむったまま丸まっております。



*  *  *



「人間に興味なんかないっていう感じだよね、あの黒猫は。」
ある日、若い桜はじいさん桜に そんな風に話しかけてみました。

「誰かを好きになった事、ないのかなぁ」


黒猫は 今日も 
近寄って来る、気のよさそうな子どもから ツイと離れ

いつもエサをくれるおばあさんが来ても 
皿を置いて離れて行くまで 知らん振りして待っています。







「あの黒猫が 一度だけ ”女の子の猫”になった時のことは
 今でも はっきり覚えている。」

じいさん桜が ぽつり、話し始めました。


「女の子の 猫?」

若い桜が聞きます。

「そう、 女の子の 飼い猫だ。

 その子は いつも 同じ歌を歌いながらやって来るんだ。
 とても優しい綺麗な歌だった。

 そして 日向ぼっこしている黒猫を見つけると 
 必ず少し間を置いて 座る。

 持ってきた本を広げると 柔らかな声で読み始める。
 まるで 黒猫に読み聞かせるようにね。

 
 毎日、毎日 同じようにやって来て
 無理やり抱いたり エサで 引き寄せたりもせず
 女の子は 猫と 並んで座ってた。

 女の子の本を読む声は 心地よく響いて
 猫は うとうと夢見心地になりながらも
 続きを 楽しみに聞いているようだった。

 女の子が来るとき歌ってる、その歌が聞こえるのを
 あいつが心待ちにしているのが 
 周りの誰にでも 解かったさ。」



「黒猫と女の子は 仲良くなったの?ねぇ、桜じいさん?」


「そうさ。いつの間にか 二人の間の距離は縮まって
 肌寒くなる頃、黒猫は 女の子のひざの上にいたんだよ。」

若い桜は 女の子のひざの上で 
気持ちよさそうに眠る黒猫を 思い浮かべました。



「『寒くなるから ずっと一緒にいようね。
   一緒にいたら こんなにあったかいもの。』

女の子は 黒猫を 家に誘った。
野良猫暮らしを 結構 楽しんでいるように見えた黒猫も
女の子の誘いは 心から嬉しかったようだ。

─ 女の子について行くことにした 
ちょっと照れくさそうな顔をして、私に挨拶してきたものだ。」



「じゃあ、黒猫はなぜ帰ってきたの?捨てられちゃったの?」


じいさん桜は 随分長いこと 返事をしませんでした。

その間 何か大切なことを ゆっくり思い出しているようでもあり
その話の続きをするのを ためらうかのようでもありました。


「黒猫と一緒にいるとき 女の子が 咳き込んだり
 目を痒そうにしたりしてることに 気づいてはいたんだ・・。」

じいさん桜は 少し辛そうに言いました。




「数日したら 黒猫がふらりと戻ってきた。

 ─ どうした?ノラの暮らしが懐かしくなったかい?
 ─ ふかふかの 布団なんて 寝苦しいだけだったんだろ?
 
 皆が 口々に 言って笑った。

 ほんとは 
 ─ お帰り、戻って来てくれて嬉しいよ・・って
     そう言ってやれば良かったんだけれども。」



「女の子の身体は 猫といると調子が悪くなったの?
      黒猫は 皆に何と答えたの?」

「何にも言わんさ。黒猫はただ 前と同じように暮らしているだけさ。」


「女の子は 捜しに 来なかったの?桜じいさん?」

「来たさ。何度も、何度も。

 ─ 心配しないで。大丈夫だから、
   一緒に暮らしても 絶対大丈夫だから・・・

 泣きそうな声で 黒猫を呼びながら
 それは一生懸命捜していたさ。

 しかし 黒猫は 隠れてしまうんだ。 
 そして 女の子が あきらめるまで 出てこなかった。」


「ほんとに 黒猫は それで 良かったの?」


じいさん桜は 枝を静かに揺らします。 

「本当に 何が良いかなんて 誰にも解からないさ。

 けれど あいつは いつも いつも
 あの子の歌が聞こえる気がして 耳を立てる。
 サワサワと風の音がしている それだけのときでもね・・・。」




 *  *  *


お月様のきれいな 夜です。

今日は どこかで 野外演奏会でもしているのか
遠くから 楽の音が 聞こえてきます。

じいさん桜の足元に 夜にしては珍しくフイと黒猫が姿を現しました。

聞き覚えのある旋律に 黒猫は 耳をピンと立て 立ち止まります。





「黒は 好きな色だ」

じいさん桜は 音楽の一部のように静かに響く声で 呟きました。



「 お月様を際立たせる優しい夜空の色。

 小さな星の光を包み込む柔らかな闇の色。」
 
じいさん桜は ひとりごとのように 続けます。


「とても 美しい色だ。」





黒猫は 黙ったまま しっぽをゆるりと揺らしました。





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綿毛の空、タンポポのユメ~公園の童話⑤

aoiさんに 素敵な春のイラストを頂きました イラストから 一気に膨らんで出来上がった お話です。
            2005.7  50音順お題:「わ」


tanpopo.jpg



さくらじいさん 素敵なお天気ね。

ねぇ、見て 綺麗な まあるい ふわふわ頭になったでしょ?

もうすぐ タネ 飛んでいくの。

風にふうわり飛ばされて 
新しい命 広げるの。

あ、でもね 誰かに ぷぅって 吹いてもらう・・
そういうのも スキよ。
どうしてって?

あ、誰か 来た。
見ていてね、さくらじいさん。


       *  *  *  *



さくらの木さん さくらの木さん
お久しぶりですね。
あなたを 見に やって来ました。

子ども達が小さかったころ それは しょっちゅう
あなたの下でシート広げ お弁当を食べたんですよ。
覚えておられません・・よね?
あなたを 訪ねて たくさんの方が来られますものね。


あら、タンポポの綿毛ね。
可愛らしいこと。

そうそう 子どもたちが小さい頃 
タンポポの綿毛を ふぅって 
飛ばすのが 大好きだった。

子どもって 気に入ると いつまでもやりたがるでしょ?

もう おしまいにしてちょうだい。
早くしなさい、もう行きますよ・・って
何度も 何度も 声かけた。
待つ時間って 長く 長く 感じたものだわ。
何を そんなに急ぐことが あったのかしらね。

ふふ
なんだか 懐かしい。
ひとつ ふぅって してみようかしら。
人が見ていたら ちょっと 恥ずかしいけれど・・。

          
 * *


ねがいごと して ふー って するんだよ
ぜんぶ いちどに とばすと かなうの 

うそだよ それ ろうそくだよ ケーキの。

うそ じゃないもん ほんとだもん。

じゃ、オレ こっち
でっかい方。

ねぇ 何おねがいしたの?

ないしょ。

おかあさーん、おかあさーん、おかあさんも やろうよー。



         
*



おばあちゃん 

チビ どこにいったの?

チビと あそんだ ところね、 タンポポ いっぱい 咲いてた。

今 見たらね、ふわふわの綿毛が いっぱい だった。

フーってしたら お空まで 飛ぶ?

チビの いるお空、タンポポ 咲く?



     

  *   *



さくらの木さん さくらの木さん

あなたの そばにいると 何だか 

とても ゆったりした気持ちになります。

タンポポの綿毛、キラキラ 飛んでいく中に

ひとつひとつ 大事な 思い出が 見えた。



今日は あなたに 会えて 嬉しかった。
ありがとう さくらの木さん。





実はね、もうすぐ ひ孫が 生まれるの。






      *  *  *  *



さくらじいさん、
いい風  吹いてるね。


わたしね、 ときどき ユメ 見るの。

仲間の 綿毛が いっぱい いっぱい 飛んで

白く見えるくらいの 綿毛の空 の ユメ。

そしてね、 

次の春 一面の タンポポ野原になるユメ。



ね、すてき でしょ?








思い出の居場所~公園の童話⑥

少し思い出すことがあって 閉校してしまった私の小学校のことを絵日記に綴ると、
たくさんの人から 温かいコメントを頂きました。
今回の「公園の童話」は「子どもが大勢いた時代」の
「子ども(私)」のセンチメンタルなお話です。
                     2006.1


gakkou.jpg




ガツウン・・ゴツウン・・

ツン と冷えた空気を震わせて 
大きな建物を取り壊すような音だけが 遠くから響きます。

子ども達の冬のお休みも終わり 
公園にも またいつもの日常が戻ってきました。


このところ ベンチの不機嫌なことはこの上なく 
何につけてもブツブツと文句ばかり言うので
黒猫でさえ ベンチの傍に近寄りません。

その理由はといえば 
子どもたちが 木に引っ掛けた凧を取るために
ベンチに土足で上ることなのですが、

ある時は 大人に 別の木の傍に
引きずっていかれたことまであり、

「凧揚げなんて 迷惑千万。 
 あんなものは 即刻やめさせるべきだ。」

凧を持って 近づいてくる子どもを見るだけで
ベンチはもう あからさまに嫌な顔をします。


カラスはカラスで 白鳥たち、池の水鳥ばかりが
人気なのが気に入らない様子ですが、

「その割りに おこぼれ貰って 喜んでるじゃない。」

スズメたちに からかわれては 
プイと怒ってどこかへ飛んで行ってしまうという有様でした。


  *   *   *


「桜じいさん、解かった、解かったよぉ。」

息せききって 一羽のスズメが飛んできました。


「あの音ね、工事の・・。
  古い方の小学校 取り壊しなんだって。」

「『古い方』って・・・桜じいさん?」

若い桜が じいさん桜に尋ねます。


「古い・・か・・。
 あれが建って そうだな・・40年
    ・・・いや もっと経つのかな・・」
じいさん桜が ゆっくりと 記憶をたどるように言いますと

「フン、いずれにせよ
  じいさんに較べりゃ ヒヨッコの部類なんだがな。」
ベンチが 苦苦しげに 口を挟みました。

じいさん桜の言葉の続くのを待って 
久しぶりに皆が集まり出しますと
いつもの黒猫も 何処からか ゆうるりと姿を現し 
じいさん桜の根元の 北風の当たらない場所を選んで座りました。



「子どもの数が 増え続けた時代があった。」

じいさん桜の 思い出話が 静かに静かに 始まります。

「まだ この公園もこんな風には整備されていない頃の話だ。
 畑ばかりだった このあたりの土地に 家がたくさん建ったのだ。
 どれも 大きな家ではなかったけれどもね。

 小さな子どもが二人くらいいる、若い両親がちょうど欲しくなるような   ささやかな夢をかなえてくれる・・・そんな 家たちだった。

 子ども達が通う小学校が そのまん中に建てられた。
 それが その『古い方』の学校だ。」

じいさん桜が 話すのを止め、皆が耳を澄ますと
遠くから 解体作業の音が 響きます。

その音は まるで 身体を失っていく小学校の 
嘆く声のようにも聞こえるのでした。

じいさん桜は 静かに息を継いで、話を続けます。

「子どもたちの数が増えるのに合わせ
 小さな四角いコンクリートの校舎は 右に 左に 増築を重ね
 遅れて 体育館が建ち、プールが出来た。

 学校の近くの古い団地も 大きなマンションに建て替えられていくと
 また 子どもたちが大勢入ってきて
 小学校には 渡り廊下で繋がった 新しい校舎もできた。

 授業の始まりや終わりを告げる チャイムの音や
 子どもたちの元気な声は 風に乗って、よくここまで響いたものだ。」


「そう、そう その学校よ。
 でも もう使われなくなって 何年も経ってたんだって。」
スズメが 羽をパタパタさせて 言いました。

「子どもたちが少し減ったって言っても まだまだ いたんでしょ?
 いったい どこに行ってしまったの?」
若い桜が 不思議に思って聞きますと

じいさん桜はいつものように 長い合間をおいて
つぶやくように 語り続けます。

「そのうち 大きなマンションが 
 少し離れたところにいくつも建った。
 そう、子どもの数は それから まだまだ増えたのさ。
 あまりに増えたので 少し離れただけの所に 
 もう一つ小学校ができたほどだ。

 そのために 同じ学年の友達たちが 
 ふたつの小学校に分けられてしまって 悲しい思いをしたんだよ。」


「だけど その子たちが大きくなって 小学校を出てしまった後 
 今度は 入ってくる小さな子がどんどん少なくなってきたのよね。」
おしゃべりスズメが フゥとため息ついて 言います。


「古い方の小学校はその後閉校して 
 その役目を 新しく出来た方に譲ったんだね。」

─ いやだよお こわさないでおくれよお・・・
  ここは 子どもたちの 大事な 思い出の場所なんだよお・・

校舎が泣きながら 訴えているような気がして 
若い桜は 胸がクツクツ痛みます。


「小学校として使われなくなってからも 
 色々な催しや 地域の人たちために 使ってはいたそうだけれどね・・
 今度は すっかり建て直しして・・・ 
 えっと、何になるんだって? スズメや?」
じいさん桜が聞きますと 

「お年寄りのための 建物ですって。」
スズメは じいさん桜に聞かれるのが さも得意だという風に
クイと首を長くして 答えます。

「そんな風に壊してしまっていいの?桜じいさん?
 卒業生たちの思い出の場所が なくなってしまうんだよ。
 校舎の悲鳴が聞こえるよ。
 こわさないで、こわさないでって・・。」
若い桜は たまらない思いで じいさん桜に問いかけました。

じいさん桜は すぐには答えず 誰も 何も言いません。


「見てごらん お前さん。 
 ほら スズメ・・校舎に伝えてやるんだな・・」
長い沈黙のあと ふいにベンチが 若い桜とスズメに言いました。 

ちょうど年配の男の人が ベンチの前を通りすぎるところでした。

その人は 立ち止まって しばらく空を見上げ 耳を澄ませ
遠い物音をじっと聞いている様子でした。

その人は ひと言も言いませんでしたが 
解体の音を風の中に聞いて 何かを思っているということだけは
若い桜にも わかりました。

そして 若い桜は その日から何回も
通りかかる何人もの人が 取り壊されていく校舎の声に耳を澄まし 
何かを思い出したり 語り合ったりしている様子を 見かけたのでした。




「校舎がいくら解体されても・・・
  そう、どんなに 形がなくなっても・・」
じいさん桜は ひとり言のようにつぶやきます。

「大丈夫、あの小学校を大切な思い出として思い出す人が居る限り
 本当の意味では なくなってしまいはしないのだよ。」
じいさん桜は 誰に言うとはなしに 続けます。

「建物のかたちこそ なくなってしまうけれど 
 数知れない思い出の かけらとなって
 何処にでも それは 在り続けるのだからね。

 そして 残されたグラウンドの土にも、
 新しい建物の上を通り過ぎる風にも
 子どもたちの歓声や 足音や 懐かしい思い出の風景は
 きっと 感じ取ることができるのだ。

 そしてまた 新しい思い出を 
 そこに積み重ねていくことができるのだ。」



風の中に、空気の中に 誰かの大切な思い出が 
きらめくかけらとなって漂っているような気がします。

若い桜は そのかけらたちが 風に運ばれて 
それぞれの心に帰っていくことを想像しました。

そしてまた、これから新しく建つという施設に
お年寄りや 地域の子どもたちの笑い声が響く日が
やってくるのを 思い描きます。 

それはとても 幸せな気持ちになる風景であり

じいさん桜の傍に 皆が集まるときには
誰からとはなしに 
そんな建物の将来の姿を 語り合うのでした。 






   

みかん~「あけましておめでとう」

,新年第一弾です。
今年は行かなかったのですが うちの近くの神社の風景を少し写してみました。
あけましておめでとう・・の気持ちを込めて。
皆様今年も宜しくお願い致します。


orange.png



「あけましておめでとうございます。」

近隣の人しか来ない小さな神社。深夜0時。
ひんやり冷たいみかんを 次々手渡しながら 愛想笑い。

お神酒を振舞われて 少しテンションの上がった大人や 
寝ぼけ顔の小さな子どもたち。
夜中に友達と出歩けるのが 
嬉しくてしょうがないって感じの 若いコたち。


ため息でちゃう・・。
こんなつもりで 帰ってきたんじゃないのにな。

─ ごめん、チハルお願いね
大掃除中 腰を痛めた母の代役で 
町内会の手伝いをするハメになった。

のんびり田舎で寝正月・・のつもりで帰ってきた。
一緒に過ごす相手のいなくなったあの街から 少しだけ離れたかった。

少し 人の波が途絶えて チハルは やっと白い息を 長く吐く。


小さい頃は両親と一緒に 夜中、ここに初詣に来るのが楽しかった。
顔見知りのメンバーに年始の挨拶をして
町内会のおじさんにみかんを貰い
お参りして 焚き火で温まって おみくじを引いた。

お神酒をもらえる歳になったころには 
もう大晦日に親と こんな近所の神社に来ることもなくなっていた。



知ってる顔は年寄りばかり・・かと思ったが
昔のクラスメイトもちらほら見かける。

意外な同窓生カップル。
早くも子連れになってる子までいた。

軽い会釈くらいで やり過ごす。



「みかんの追加の箱、ここに置いておきますね~・・・あれ?」

いかにもこれからの町内会を担う若手・・って雰囲気の男の人が
ダンボールをドスンとおきながら チハルの顔を覗き込んだ。

「ヤマナカ・・チハルだよな、オマエ」

・・よりによって何でまたコイツと会うんだ・・チハルは目を逸らす。

中学のとき一番苦手だった男子。
チハルのことを「クソ真面目」「笑ったの見たことない」って言った。



「覚えてねぇかな オレ、オオシマ。」

「覚えてるよ・・タカコの彼だったもの、1ヶ月だけ。」
「何でそういうことから言うかなぁ~?オマエってホント・・」

─ ’ホント’に、どうなんだ?

親友のタカコは オオシマのチハルへの評価を噂で聞いて
チハル以上に 憤慨してくれた。
オオシマとのデートのときも
「チハルって そんなんじゃないよ。」と 言い続けてくれたらしい。

─ 結局1ヶ月で話が合わないって 別れちゃったんだっけ。


       ★


確かに男子としゃべるのは得意とは言えないけど 
友達とは毎日笑い転げてる。

授業中はいつも 教科書の余白に漫画描いて、
次に描くストーリーを想像して楽しんでいる。

何でわざわざアイツに「クソ真面目」だの
「笑わない女」だの言われなきゃなんないの?

教室で仲間と派手にふざけて遊んでるオオシマを横目で見ながら
いつも チハルは心で問いかけた。

「きっと オオシマはチハルを好きなんだよ、
  だから普通以上に チハルのこと気になるの。」
タカコはそう言ったけど
結局 オオシマが好きだったのは タカコの方だった。



あれから 自分のしてることが
誰かにどんな風に見えるのか気になるようになった。
意識しないように 気にしないように
すればするほど 何だか自分の行動がギクシャクする。

付き合った相手も少しはいたけれど 
相手の自分に対するイメージなどが いつも気になった。

明るい素敵な「彼女」になりたくて 少しばかりの無理を重ねていた。

でも どこかほんとの自分じゃない気がしてた。

気がついたら・・いつか別れ話になっていた。

  
     ★


「オマエってさ、まだ コツコツ密かに少女漫画とか描いてんの?」

お参りの人のピークが過ぎたのか 
少し手が空いてぼんやりと立っていたチハルに
後ろからオオシマの声が聞こえた。

「描いてないよ、もう。高校の間は少し描いたけど・・。
 描いてる時間もないし 今は普通に大学生してる・・・。

 何で そんなこと知ってるの?あ、タカコが?」

「なぁんだ、オマエ。何かつまんねーの。

 タカコからも聞いてたよ。オマエにはやりたい事があるってさ。
 だけど それより、文化祭で看板とか背景とか描いてたじゃん。
 一緒に大道具の係やった ユキオとかテルとか覚えてない?
 オマエのこと、むっちゃ上手いって騒いでたからさ。」

─ そんなことも あったっけ・・。

「嬉しそうな顔して 絵描くんだって、
 漫画家になりたいって その時照れくさそうに教えてくれたって
 ユキオもテルも ああ、シンタも言ってたなぁ。」

「そんなこと 私、誰かに言ってたんだ・・・。」

「誰かっにて・・・覚えてないってかぁ?
 ・・オマエって やっぱ、男子、興味なしだった?」

─ いや そんなことは なかったんだけど・・・

「へこむよなぁ・・あいつら オマエのファンクラブとか言ってたのに。」

「え?」

「ユキオが話しかけても ちっとも楽しそうにしてくれないし 
 テルが何気に遊びに誘っても 
 忙しいからって テキトーに断ったろ?」

それこそ、漫画のこと考えてただけだ。
休みの日には漫画 描きたかった。

でも ほんとはちょっと 自信がなかったのかもしれない
・・私といても 相手が楽しいかどうか・・。


「だから『クソ真面目』って・・『笑わない』って
  アイツらと喋ってるとき一回言ったきりだぜ、それでもさ。」

チハルは 初めてオオシマの顔を正面から見た。
男前ではないけど人気はあった。
しゃべりやすいキャラと皆は言った。

なのに 避けて避けてなるべく近寄らないようにしてた オオシマ。


「だからさ・・・ごめん・・って。 
     気にしてたんだろ、オマエ。」

 ─ ううん、全然 気になんかしてないよ。
・・いつもなら 意地でもそう言っていたと思う。


「・・・・うん。 ずっと 気にしてた。」

みかんをひとつ 両手で包み込み、感触を確かめているうちに
チハル自身でも驚くくらい 素直な本音が言えた。

「こっちも ずっと気にしてたんだぁ。
 はぁ、よかった やっと謝れた。
 ・・あ、おっめでとうございまーす。みかん どうぞ!」

初詣客がまた 少し増えてきた。

「でもさ、あのままで 結構人気あったから。
 それは ホントだから。
 ・・あ、みかんどうぞ!!ほら、オマエんとこ来てるぞ。」

小さい子が チハルの前で 手を差し出す。

「あけまして おめでとう!みかん ひとつどうぞ!」
チハルがみかんを手渡すと その子は受け取り
頬を上気させてにこっと笑った。

かわいい・・・と思った。
自然に相手に向かって 微笑めた。



少し 変われるかもしれない。 

少し 戻れるかもしれない。

もっと 人のこと 信じられるかもしれない。 

もっと 自分のこと大事にできるかもしれない。




「ありがとう。気にしててくれて。
 そうだ、 ・・・言ってなかったよね、
 
     『あけましておめでとう』。」


大事なものを手渡すように オオシマの上向きの手の平に

チハルはみかんをそっと置いた。



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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

過去記事どこにでも、
コメントOKです。
舞い上がって
喜びます。

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