STAND BY ME

生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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スペシャル

毎度お世話になっているMistery Circle
今回は 新聞配達の青年とガンコじいさんの話との両方を考えつつ
どちらも まとまらず超難産でした。
画像は「安見の散歩道」のやすみさんからお借りしています。
道端に咲く小さな小さな花への温かな目が感じられて 大好きな写真です。


yasumi2.jpg





お題:☆「見慣れたいつもの朝がやってきて、
    がらんとした風景を
    当たり前のような顔で包んでいく。」

で始まり
    ◎「不快な目覚めだった」
を話の終わりあたりに入れること。 
   
   お題の出典:☆『ネバーランド』 著:恩田陸

         ◎『コンセント』 著:田口ランディ

 



*  *  *  *



見慣れたいつもの朝がやってきて、
がらんとした風景を
当たり前のような顔で包んでいく。 



うっすらと鼻の頭に光る汗。
まだ2歳のシュウ。
安心しきった寝顔、正確な寝息。

私は朝の光に目を細め
窓の外に目をやった。


ひび割れたコンクリートの壁、
伸び放題の雑草は小さな花をつけ、
さびた色の遊具は風に揺れている。
どれも、昔ここで響いていたこどもたちの声を
懐かしんでいるみたいだ。





簡単な荷物を鞄に詰め、シュウの手を引いて家を出た。
走り来る電車の前に 飛び込む勇気もなく
渡りきってしまった 踏み切り。

その先をぼんやりと当てもなく歩いているうち
迷い込んだ 人気のない団地の残骸。
広がる廃墟。

ここは どこだろう・・。
これから どこに向かえばいいんだろう。



物干し竿のないベランダと
カーテンのないただのガラス窓
どの窓にも生活の温度が感じられない。

たまに見える色あせたカーテンは
置き去りにされた年月を語り、
割れたガラス窓から入る風に
時折ゆらりゆれていた。

夕闇が建物たちを包み込む。
ひたひたと忍び寄る孤独感。


隅っこの四角い窓にぽつんと
小さな黄色い明かりが灯っていた。
シュウが先に その窓を見つけ
指さして 私の手を引いた。
引っ張られるようにして近づいてみる。
良く見ると団地の一群とは
少しだけ造りが違う、小さな建物だった。





ひびの入った黄ばんだ壁に
ひらひら風にあおられながら 
なんとかへばりついている紙には
黒々と筆文字でこう書いてある。

「入居者募集中 即入居可
   短期入居 応相談
101号室 イワツキまで」

つないだ小さなシュウの手にキュッと力が入った。
私を見上げる幼い瞳に映るのは 私自身の疲れた顔。
空の闇の色は 勢い深みを増していた。




「おや 珍しい。お客さんだ。」

まるで私が来るのを知っていたように
小柄なおばあさんが101号室の玄関に立っていた。

「すみません・・
 このあたりで泊まるところを探しているんですが・・」

「部屋ならたくさん空いてるさ。
 どこでも 好きなところに泊まるといい。」

「え・・?でも・・」
人気のない廊下を 振り返ると

「あたしの家だ。好きに貸すさ。」
イワツキさんは歯の抜けた口を大きく開け
カラカラと笑った。

シュウがいきなりイワツキさんの前に走り出て
「抱っこ」というように 両手を広げる。
いつもは人見知りする子なのに・・

「おお、いい子だ。
 特別な子どもだね。

 スペシャル。

 素晴らしいよ。」

 
かがんでシュウを真正面からじっと見ると
抱え上げるように抱きしめ、
イワツキさんは目を細めてそう言った。

─スペシャル


不思議な確信に満ちた言い方だった。





この小さな一棟はイワツキさんのもので
横に広がる団地は取り壊される計画が止まったままらしい。
ここも一緒に売ってくれと しつこく来ていた不動産屋も
来なくなって久しいという。

「残念だねぇ。アイツらからかうのがアタシの
 楽しみだったのにさ。」

しわくちゃの手でシュウの頭をなでながら
イワツキさんは片目をつぶって見せ
2階の一部屋の鍵を
チャリンと音をたてて 私に手渡した。

「必要なものがあったら 何でも貸すよ
 ガス 水道 電気 すぐに使える。
 ホテル並み・・とは言わないが
 ま、のんびりするといい。」

「すみません。お世話になります。」



「今日はその子も疲れているようだ。
 布団一組貸してやるから とにかく寝な。」 

小さな押入れから、手品のように
布団を一組引っ張り出す。

「なに、見栄えは悪いけど 案外 清潔だよ。
 部屋だって、あんたのような人が来る気がして
 ちょうど掃除も済ませたところさ。」

コンクリートの暗い階段を布団を持って上がる。
布の擦り切れた古そうな布団に頬を寄せると
思ったよりずっと柔らかく
暖かなお日様のにおいがした。


☆ 



シュウはしゃべらない赤ん坊だった。

周りの赤ちゃんがカタコトを話し出しても
シュウは ひと言も声を出さない。
手先も器用だし 歩き出すのも早かった。
他人の言葉をきちんと理解したし
表情で穏やかな感情を伝える。
公園などで出会う子供と、仲良く遊ぶこともできた。

私よりもずっと、シュウの方が溶け込むのが上手で
黙ってそんなシュウを見ていられれば 幸せなはずだった。



医者は耳にも声帯にも、もちろん知能にも
問題はないと言う。

「お母さん、いっぱい話しかけてあげていますか?」
に始まるさまざまな質問は 
「お前はできそこないの母親だ。」
と宣告されているように響いた。


アドバイスも慰めもいらない
シュウを連れて行く公園も同じところを避け
転々と場所を変えた。
話しかけられるのが 怖かった。
深くつきあうのが 怖かった。




シュウの父親、康介は
シュウが喋らない赤ん坊だと解ったときも
自分の気持ちより、まず私とシュウのことを気遣ってくれた。

言いたくないことは無理に聞かず 
いつもこちらから話し出すのを 待っていてくれた。
けして誰かを責めたり 傷つけたりしないひと・・。

なのに私はその、求めていた優しさに戸惑うのだ。
責めない康介の心の奥を疑うのだ。
笑っている康介の目に怯えるのだ。

やりきれなかった。




☆ ☆




夜中、ふと目が覚めた。
一緒の布団で寝ているはずのシュウがいない。

あわてて起き上がると 窓辺にシュウのシルエット。

そばに行くとシュウはゆっくりと片手を上げ
窓の外を指差す。

向かいの団地の並んだ四角い窓に 全部明かりが灯っている。
カーテンのない部屋がほとんどで 中の様子が見てとれた。



テーブルをかこんで何かのお祝いをしている家族
寄り添い語らう夫婦
遊ぶ子供たち 見守る両親。
愛する誰かに電話している幸せな女の子

四角い窓一個ずつにひとつずつの家族の形。
どれも のどかで幸せそうな光景ばかりだった。
笑顔があふれていた。

子供の頃 心から望んだ光景が そこにあった。
康介と作っていこうと思った光景がそこにあった。

窓の明かりがまぶしすぎて、目が開けてられない。
涙があふれた。

シュウが手を伸ばし私の頬に触れる。
柔らかな手の平。小さな5本の指。




「シュクフク・・」

祝福・・夢の中のシュウは 康介の声でそう言った。





* 



「おやおや、お母ちゃんの方が よく眠れなかったようだね。」

─ おせっかいなのは解ってるんだけどさ・・

おにぎりの乗った皿を持ってイワツキさんが来た時
シュウは私より先に起きていて 
鞄から服を出し、ひとりで着替えようとしていた。

嬉しそうにイワツキさんの手を取るシュウ。
昨日会ったばかりなのに 言葉のやりとりもないのに
すんなり打ち解ける二人が眩しかった。

明かりなど灯るはずのない 窓の外の寂れ果てた団地
やっぱり夢だったんだ・・ぼんやり見ていると

「家もたまには 夜通し思い出を語る相手が欲しいんだろうさ。」

イワツキさんはニッと笑って 私を見た。






「心配しないで。」

「心配するさ。」
電話に出た康介は そう言った。

「帰ってきて、ちゃんと話してくれないか?」
「ごめん、どんな風にちゃんと話せばいいのか 解らないの。
 康介の言ったことは間違ってないよ。
 でも 少し考える時間を下さい。
 きっと・・・ちゃんと・・シュウ連れて、戻るから。」

戻るから・・

出たときは 戻らないかもしれないと思っていた。
どこかで シュウとふたり、消えてしまってもいい
そんな風にも思っていた。

─ 戻るから

昨夜の夢の余韻は 私の心を少しだけ変えていた。






康介は私に言ったのだ。

「君がボクに出会う前
 何があったのか まだ よく解らないけれど
 いつまでも 亡くなったお母さんを恨むのは
 結局 君が辛いだけだよ。]


─ 君をこの世に産んでくれた人、
 シュウにとっても「おばあちゃん」なんだから

血・・遺伝・・連鎖・・
その 言葉が 私を押しつぶす。






シュウは 外周りを掃除する イワツキさんに ついて回っていた。
じゃれつく小犬みたい。
イワツキさんのしゃがれた笑い声が聞こえる。

─スペシャル。

会ったばかりのシュウを 何故イワツキさんはそう呼んだのか。
シュウにとって私は スペシャルな母親なんだろうか。

寒くないのに 身体が小さく震えた。







その日の夜も 夢を見た。


窓辺に立つシュウ。
私も外を見る。 
これは夢・・もう驚きはしない。

明かりが灯る 向かいの棟、
ひとつひとつの窓はまるで ずらり並ぶTVのモニター。
けれども今日は 少し様子が違っている。

争う家族、
冷め切った様子の夫婦。
ひとりで泣いている女の子。

ひとつの窓に目を奪われた。

あの 光景・・私、知っている・・


帰ってこない父親、自分だけを哀れむ母。
苛立ちをぶつけられ、ののしりをうける少女。
悪魔の言葉が降り続ける部屋。

斬りつける言葉、
取り返せないことば。
取り戻せない 時間。





あれは・・わたし。


ことばが 声が

怖い・・怖い・・怖い・怖い。・








シュウの手が そっと 私の手を取った。
小さな温かな手。

凍りついた身体を そこからゆっくりと
溶かそうとするように 
シュウは 両手で 私の手を包んだ。

かがんで シュウを抱きしめると
シュウは ゆっくり口を開いた。

「ダイジョウブ。」






☆ 


朝起きて見るシュウはいつものシュウだった。

利口そうな目、しなやかな手足。
語らない口。




「いったい どっちが怖いんだね。」

さびたブランコやシーソーを ひとつひとつ確かめながら
軽やかに遊ぶシュウ。 
まるで弾むボール。

イワツキさんは 箒の手を止め、私のそばで
天気の話でもするみたいに 私に問うた。

「あのスペシャルな少年が ずっと 話さないことか?
 それとも 口をきき出すことか?」



「イワツキさんは・・・」
ちょっと厳しい口調になった。
他人の子だもの、何とでも言える。

「シュウが口をきかない子だから
 『スペシャル』だなんて 
 そう いうんじゃないんですか?」

嫌な言い方だったかな・・と思ったけれど
イワツキさんは 気にする様子もなく
シュウに向かって 大きく手を振って見せた。
シュウもイワツキさんに応える。
とびきりの 笑顔。









その夜の夢は 窓辺にシュウがいなかった。

明かりが灯る窓、窓、窓。
でも どこにも だれもいない。
ガランとした 窓、窓、窓。
シュウ?どこ?どこ?どこ?
どこ?



─話せばいいのか? 
 口をきけばいいのか?
 他のこどもと同じように 見えればいいのか?


 言葉は きっとお前とお前の愛するものを傷つける。

 おまえの母がおまえにしてきたように。
 そして お前がいつか してしまうと恐れているように・・。

 けれど お前は知っている。
 お前が一番怖いのは お前がこれ以上傷つくこと。
 シュウでもない、康介でもない。
 お前自身が ふたたび傷つくこと。


空気を振動させて 建物が口をきく。
イワツキさんの声のようでもあり
忘れたはずの母の声のようでもあった。




ちがう、ちがう、ちがう ちがう。
ちがう ちがう。


どんな遺伝子がこの身体に住み着いているか知っています。
どんな血が この身体に流れているか知っています。
でも わたしは 遺伝子と血以上のものを信じたい。
生い立ちもこころの傷さえも 支配しきれないものを信じたい。


愛してるんです。愛してるんです。
シュウを、康介を 愛してるんです。

でも 愛しかたが わからない。
いつも 何か間違えてしまうような気がして
不安なんです。
不安で 不安で 不安で・・・。


向かいの棟の明かりがパシッと
音をたてて 点滅した。


私は 必死で叫ぶ。
頼りなくて ちっぽけで
自分だけ守るのに 精一杯な こども。

あたしはいやだ。
ぜったいにいやだ。
あんたのきもちがわかるようになるくらいなら
おとなになんか ぜったい ならない。
ぜったいに ならない。


私は・・私はうずくまる。
目をつぶり 耳を ふさいで。


おかあさんがすきなのに
おとうさんもすきなのに

どうして あたしを せめるの?
どうして おこってばかり いるの?

おかあさん、おかあさん 
おとうさん おとうさん
どこにいるの?
どこにいるの?



誰もいない棟の明かりがちらちらと点滅し
消えかかった。
私は 息をのむ。
身体が熱い。
熱いのにふるえが止まらない。

でんきがきえるまえに いわなくちゃ。
こんどこそ いわなくっちゃ。
もう まにあわない。
あたしは まにあわない。



おかあさん おかあさん。
しんじゃいやだ。
いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。

あいしてる。











不快な目覚めだった

母の最期に伝えられなかった言葉を
夢の中で叫び続けていた。
自分の声がじんじん耳の中に響いていた。



隣にいるシュウを引き寄せて抱きしめる。

ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。
私はこんなにもまだ「母のこども」だ。





「マ・・マ・・」

シュウの口から漏れる吐息のような、
・・・・それは「ことば」だった。


私を覗き込むのはいつものように澄んだ瞳。
シュウの顔のひとつひとつのパーツを 指で確認する。
それらは 私のパーツとこの子の父親のパーツ
それぞれに分かれ、律儀なほどに似ていた。

シュウの唇が動き ふたこと目が
静かにこぼれ出した。

「ダ・・イ・・ジョ・・ウ・・ブ・・。」








シュウと並んで窓辺に立ち

手を朝の日差しにかざし、
透ける血液を意識する。

わたしがいること。
康介と出会ったこと。
シュウが産まれたこと。

わたしが ここに いる こと。



受け継がれる血のことを考える。
シュウの肩をそっと抱く。

「シュウはいい子だね。

 シュウは特別。

 すばらしいよ。」


─ スペシャル

私は言葉をかみしめる。




「パパのところへ 帰ろう。」



シュウがぱあっと明るい笑顔になった。 

イワツキさんが廊下を掃いている音がした。









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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

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舞い上がって
喜びます。

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