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生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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びわの木のある家

14回Mystery Circle参加作品です。
相変わらず、猫のでてくる青臭い話ができました。(犬好きの方、ゴメンナサイね)
語り手の子を男の子にして淡い恋愛感情を絡めていくことも
考えたのですが、結果、今回は友情話に仕上がっています。
biwa.jpg


* * *

6月のお題
「だれでも、出会った瞬間から、別れに向かって邁進しはじめるのさ。」
で、始まり
「人間って、たった一匹だけにしちゃうと死んじゃうんだって」
を含む文章を使って、締めくくりにすること。

お題出典:『シーマン語録』 編:斉藤由多加 


* * * * *





 だれでも、出会った瞬間から、
 別れに向かって邁進しはじめるのさ。

 そういうものなんだ。
 誰だって いつまでも 一緒にいられるわけじゃない。

 解ってたはず。
 解ってたはずさ。



 いろんな人に抱き上げられ、
 色んな手で撫で回されて
 連れて行かれて
 また同じところに戻された。

 また 連れて行かれて 
 今度は自分で逃げ出して

 そうやって 結局 オイラ独りで生きてきた。


 一緒に暮らそう。
 ヨリはそう言って、オイラを温かい服でくるんでくれたね。
 鼻水垂らした汚い顔を きれいなハンカチで拭いてくれたね。

 ありがとう、ありがとう。 でも

 永遠なんて どこにもないんだよ。
   

        *



鼻水たらした猫を抱いて 
ヨリはあたしの家のドアの前でぼんやり立っていた。

「ばか、何連れて来てんだよ。
 ウルサイご近所にバレたらどうすんの。」


ヨリとあたしの住む、このマンションは犬猫飼育禁止である。
大急ぎでドアを開け、とりあえずヨリを玄関に引っ張り込んだ。
深夜のマンション、ドアの開閉の音だって気を使う。

看護師の母が夜勤で留守なので 今うちにはあたしひとり。
小学校の頃からこんな夜ヨリは 宿題と夜食を持ってよく泊まりに来た。



「ヨリ、ココアでも入れるっか。
 ソイツはミルクとか飲むのかなぁ?」

ダイニングキッチンの小さなテーブルの
3脚目の椅子は ほとんどヨリ専用。
足が床に届かないくらいチビの頃から 今まで
それは ずっと同じ。


ヨリは マグカップを両手で包んだまま
口もきかず、瞬きさえせず 固まっている。 
カップからゆらゆらと湯気が立ち上ってでもいなければ  
誰かが 一時停止ボタンを押して 
全てを停止させてしまったんじゃないか・・そんな気になった。

そして これが永遠に続くのではないかと恐ろしくなった時
猫がたて続けに 大きなくしゃみをした。


ヨリの黒目がうろうろ動き 
やっと ぽそぽそ、語りだした。



 *


 うちね、来月引っ越すって言ってたじゃない?

 
 昔からさ、あたしと麻美さん(ヨリは母親を名前で呼ぶのだ)
 日曜日には ぶらぶら 家見てまわるのが趣味だったんだ。

 古臭い、縁側のある平屋。
 ペンキのはげた木枠の窓。
 庭に猫が出入りして、大きなびわの木とかある家。
 ステテコ姿のおじいちゃんとか住んでそうな家、
 そういうのに憧れた。

 
 庭に植える花の種類や 垣根の柵のペンキの色
 何匹も飼うつもりの猫たちのことなんかを二人で好き勝手に
 想像してたら  それだけで ふわふわ楽しかった。
 日曜日って 買い物に行くと家族連れが多いじゃない?
 何となく二人、スーパーマーケット通り過ぎて 
 当てもない散歩したの。
 


 だからさ、麻美さんが あの家に住もう、
 引越ししようって 本気で決めて来た時、
 あたしと麻美さん・・・猫のいるのんびりした静かな日常
 そんな生活を 当たり前のように思い描いてたんだ。

 シンちゃん、解る?

 私が「それ」を知った時どんな気持ちになったか。


  *

ヨリがその猫を抱いて、バイトから帰ってきた時、
玄関には男物の靴があった。

─(麻美さんの現恋人の)秋山さんが来てるのか・・
ヨリはそういうの、別に気にしない(と、ヨリは言う)


ヨリをうんと若いころ産んだ麻美さんは
ヨリの父親と別れてからも 常に恋をしている。
恋人が変わると服装や雰囲気で すぐに解るし
そういうことを 全く隠さない人だ。

─誰とも長続きしないのは 私がいるせいなのかなぁ・・
ヨリがあたしに、悩みを打ち明けた時もある。 
─どうやらそれも彼女の恋愛のスタイルのようで
ヨリのせいではなさそうだ・・、
本当の意味で当たっているのかどうかは、未だ解らないけれど
幼いあたしたちの出した、それが結論だった。

恋人と別れた夜は ヨリが彼女をよしよしと慰めて眠らせる、
そんな ヨリんちの母娘関係も 
聞き慣れればなかなか ほほえましく感じられた。



「麻美さん、この猫 見て。ほら、くしゃみばっか すんの。
 風邪でもひいたかなぁ・・
 お医者さん連れていこうと思ってさ。

 実はね、ずっと前から公園でよく見かけてて、
 すっごく気に入ってたんだ、この子・・」  
   
痩せているため、目ばかりがぎょろりと大きいその猫を見たとたん
いつも お洒落で落ち着いた笑顔の秋山さんが
「ぎゃっ」とも「ひゃっ」ともつかない奇妙な声を出し、
麻美さんの後ろに こそこそ隠れた。

「来月には 引越しするんだし
 今度は飼ってやれるんだから ねぇ、少しの間なら
 ここで、様子見てやってもいいよね。」



クシャミ(あたしが今命名したんだけど)は、
ペットショップに行けば、あたしのバイト代の何倍もする値札をつけているような
特徴のある毛並みを持った猫だった。
野良なのは 何か事情で捨てられたんだろうか。
ヨリが知ってる間だけでも、何人かの子どもが家に連れて帰ったという。
なのに、いつの間にかまた 公園にひょっこり顔を出す。

─また 捨てられちゃったの?それとも自分から逃げて来たの?
─ 悪い病気なんかじゃ、ないよね?
ヨリは汚れたその猫を抱き上げてほおずりする。


あたしには猫のことは解らない。



  *


「結婚するって。」

冷めてしまったココアを、くるくるかき回し、
できた渦をじっと見つめたまま ヨリはやっと、先を続けた。
感情を抑えた 色のない声。

「今度引っ越す家に一緒に住むって言うんだよ、あの人も。
 そんな話聞いてないよ
 今まで 全然聞いてないよ。」

「あの人って・・秋山さん・・?」
ヨリは小さな子どもみたいに コクンとうなずく。

「いいかもよ、やっと長続きする人にめぐり合えたんだ。
 ヨリは、麻美さんの恋愛、応援してたんじゃなかったっけ?」

あたしの母も数度、「子ども(あたしのことだ)のために」と薦められ、見合いをした。
色々屈折した子ども心や思春期の思いを えいっと乗り越え
母さえ気に入ればどっちでもいい、と思えるまで あたしも「進化」した。

だけど結局 未だに、ご縁のないままだ。



「あの人さ、苦手だから 猫は飼いたくないって言うんだよ。
  それも、そんな病気の野良猫なんかって。」


猫が クシュンとくしゃみした。
鼻水が出たので ヨリにテッシュを箱ごと渡す。

「それだけじゃないんだ。それだけじゃなくって・・麻美さんなんか・・。」
「どうしたよ?」
「・・・いずれ、あたしのイモウトかオトウトを産みたいんだと。」





猫がまた くしゃみした。


  *


ヨリはその後ずっと押し黙ったままだ。
麻美さんが迎えに来ても、帰らない。

思い描いてた「びわの木のある家」が
急にすっかり違う風景になってしまったのだ。
ヨリだって混乱しているのだろう。

クシャミの鼻水を拭くヨリを見ながら、あたしはずっと考えていた。



わざわざ布団を敷いてやったのに 
ヨリはあたしのベッドにもそもそ入って来る。
いいや、どうせ寝付けないんだし、一晩中愚痴 聞いてやろう、
そうハラくくったのに、ヨリはうつ伏せになったまま わざとらしい寝息を立てている。
話しかけても ひとことも返事しない。

猫は外に出たいのか、カリカリ窓やドアを引っ掻くし
やっと うとうとしかけたら 鼻水撒き散らしてくしゃみする。


その晩、あたしは一睡もできなかった。


  
  *




次の日、あたしは学校で爆睡、
ヨリはクシャミを医者に連れてったまま 学校には来なかった。

家に帰ったらまだヨリがいるんじゃないか、
あたしはキャットフードをお土産に買って、慌てて家に帰った。

家のドアを開けたら いきなり母が待ち受けていて
「家に帰って 麻美さんとよく話し合うように、説得したから。」
ため息ついて あたしに言った。

あたしも ため息・・。


  *


同じ学校だけど、ヨリとはクラスも選択授業も違うから
あまり会えないし、話す機会もない。
それでも 通りすがりを装って様子を見に行くと
案の定、何もかも上の空って顔してた。


やっと 機会を見つけて ヨリに話しかける。
「クシャミ、元気か?」

「うん。だいぶ良くなったけど、結構タチの悪い鼻炎らしくてさ。
 医者に通うため 隠して連れ出すのに気を使うよ。」

ヨリの手には、就職の手引きや進路指導のプリント。
あたしの視線に気がついて、ヨリは言った。

「やりたい勉強があるわけじゃないしさ、
 就職して 家 出てみるのもいいかなって・・。
 猫飼っても文句言われない住み家探すんだ。
 いい機会だしさ、麻美さん、子離れさせてやろうかな、なんてね。

 問題は 学校卒業するまでだ、さて どうするかなぁ・・。」


「麻美さんには、ちゃんと相談してるの?」

先に歩き出したヨリを追いかけて 後姿に聞いた。
返事がない、と諦めた頃 くいっとあごを上にしてヨリは答えた。

「大事なことを全然相談してくれなかったのは 
 麻美さんだって 同じじゃない。」
 


  *


   よりちゃんへ
   ずっとたのしかったよ。よりちゃんがいてよかったです。
   ありがとう。さようなら。
             

   ひより様
   ありがとう。もう一度生まれてきても
   ひよりちゃんの ペットになりたいです。


   ヨリへ
   ちょっと ぼうけんの旅に出ます。
   またね。大好きだよ。ありがとう。
   ・・って、ピーちゃんが言ってたよ。
   元気出してね。 
           
   


こんな手紙を今まで何度 あたしはヨリに書いたことだろう。
ペット禁止と言っても小動物はOKなので小鳥、金魚、ハムスター ヨリの家には 今まで色んな生き物がいた。

そして その生き物が死んでしまう度(行方不明もあった) 
落ち込むヨリを見てられなくて
あたしは そいつ等の手紙を「代筆」してきたのだ。

そいつ等の「ほんとうのところ」なんか 知らないけど、
それがあたしの冴えない頭で考えた、精一杯のことだったのだ。


ヨリと麻美さんと「びわの木のある家」、
二人の思い描いてた 猫のいる暮らし。

取り戻せないものって 死以外にも やっぱりあるんだろうか。



  *

「クシャミがいないの。どうしよう
     ・・あの子、まだ 治療中なのに。」

夜遅く 泣きそうな顔でうちに飛び込んできたのは 麻美さんだった。
「ベランダの窓が開いてたの。私 気がつかなくて・・。」
「ヨリは?」
「外、探すって 飛び出していった。」

「解った、あたしも行くよ。」

「待って、私も。」

部屋の留守番をあたしの母に託すと、
あたしが靴を履くのも待たず麻美さんは先に駆け出した。
マンション中「クシャミ、どこ?」の声を響かせて。


  *


あたしたち三人、必死で探し回った。
だけど クシャミはどこを探しても見つからない。
「明日、また公園に行ってみよう。いつもあそこに戻ってた。
 心配ないよ、大丈夫だよ。」
慰めてたのはヨリの方だった。


「さっき、あの人・・秋山さん来たよ。すぐ帰ったけど。」

額に汗、手に土、身体に草のにおいをつけ、
疲れ切った表情で帰って来たあたしたちを迎えたのは
憮然とした表情の母だった。



ヨリと麻美さんにおやすみを言って家に帰ると
あたしは二人分のコーヒーをいれ、
さっき母が言わないでいた何かを 無理やり聞き出した。

事情を話し、今手分けして探してるはずだ、と説明すると
秋山氏は 速攻、言ったそうだ。
「とりこみ中みたいだし、僕、帰ります。」

そして 続けて 出た言葉。
「猫って、自分の死期を悟ると 姿くらますとか言うしなぁ・・。」



息を弾ませたヨリの顔が浮かぶ。
そして、ヨリ以上に真剣な麻美さんの表情。

あたしなら結婚相手が猫嫌だったとしても、
それだけなら全然構わないけど
麻美さんの男を見る目、大丈夫なのかな・・
あたしは ヨリのこと思って不安になった。



  *


 ─ヨリへ

  オイラは独りが 案外好きで・
  やっぱ、きままに暮らします。
  いつも気にしてくれてありがとう・・・
  


─もし このままクシャミが見つからなかったら・・。
勉強も手につかず、そんなことばかり考えていた。

まさか 死んじゃったりしないよね、クシャミ。

もやもやした気持ちで あたしはヨリ宛のメールの画面に文字を打ち込んでいた。
でも、あたし自身、子どもの時みたいな純粋な気持ちには遠い。

「だれでも、出会った瞬間から、別れに向かって邁進しはじめるのさ。」
どこで聞いたんだか、そんな どうしようもないフレーズが 頭に浮かんで離れなかった。

─ こんなのちっともヨリの慰めに ならないや・・

解ってるのにそんな言葉ばかりが画面に ずるずる連なっていく。 


もし このままクシャミが戻ってこなかったら、
ヨリは麻美さんと 暮らせるんだろうか。
あの 秋山さんとも暮らせるんだろうか。




「くしゅん」

猫のくしゃみが聞こえた。
ベランダの網戸と、あたしの部屋のクローゼットの扉が 
少し開いていた。
    


    *


朝から 引越しのトラックが来て
ヨリん家から荷物が運び出されていく。

麻美さんは相変わらずモテるようで
嬉々として引越しを手伝う男、数人確認。

「もういいのよ、あんな男。」
麻美さんは笑う。いい笑顔だ。
「どこが好きだったのか 解らなくなっちゃったし。」

それでもきっと散々泣いて、ヨリに慰めてもらったんだろう。
髪も ばっさり切って、ショートになった。

─ あの男ってさ 猫嫌いなだけじゃなく、赤ちゃんも好きじゃなくって 、おまけに新築のマンションでなきゃ嫌だなんて 言い出したんだよ

ヨリが呆れ顔で あたしにこっそり教えてくれた。


クシャミの入ったキャリーバッグを、交互に覗き込んでは笑い合ってる、そんなヨリと麻美さんを離れて眺めていた。
荷物が運び出された がらんとしたヨリの家に 風が吹き抜けた。

「ひよりちゃんだって、いつかは親離れするのにね。」
母は あたしの肩に手をやった。

いつの間に あたしは母の背を抜いたんだろう。


 *

クシャミが帰ってこなかったら・・そう思って書きかけたメールは 削除ボタンで「ゴミ箱」に入れた。。
恥ずかしいので 極力思い出さないようにしているが
あの妙にセンチで救いのない文章の最後に、
あたしはこんな言葉を打っていた。


「人間てさ、たった一匹だけにしちゃうと死んじゃうんだって。
 だからさ、アンタはずっとそばにいてやりなよな。」

 クシャミはそういって あたしにヨリを託して行ったんだよ。


  
   *



 シンちゃんへ

  ここは とても居心地のいい家です。
  鼻の具合も ずいぶん良くなりました。

  シンちゃん、ボクは最初にミルクをくれたシンちゃんが
  とても好きです。

  シンちゃんのクローゼットはあたたかくて 
  もぐりこんだら気持ちよくなって
  ついつい 眠ってしまったんだよ。
  いっぱい探してくれて ありがとう。

  そうそう、ひよりも元気です。
  ひよりも シンちゃんが大好きで 
  お隣同士になれて良かったって言ってます。
  ずっと仲良しでいてやって下さい。



  びわの実たくさんつきそうです。
  ころころしたびわの実を見てると
  いつか 麻美さんにころころ赤ちゃん生まれたら
  それも 楽しいかな・・
  そんな 気もします。

 

ヨリの引越しから数日して、あたしん家のポストに手紙がきていた。
差出人の住所は「びわの木のある家」

「クシャミから」の手紙だった。


ヨリの丸っこい字が並んだ便箋を かさかさ畳む時、
びわの実の 甘い懐かしい香りがしたような 気がした。









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妖精のいる街で

「妖精」をテーマに何か童話を・・という企画にのって、少し前に書いたものです。
枚数、文字数合わせるのに苦労した記憶が・・


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「ママね、小さい頃この街で妖精に会ったことがあるのよ。」

お引越し先に向かう車の中で、ママは七海に言ったんだ。

「ここならおばあちゃんちも近いし・・
そこ、ママの通う病院。 赤ちゃん産むのもここよ。」

ママの指さす先に、白い建物が見えた。


─みんな、どうしてるかなぁ・・・
2年生までずっと仲良しだった友達のことを七海は考えていた。
ママのウキウキした様子には、ちょっぴり腹がたつ。

おばあちゃんちのとなり町。
ママは子どもの頃迷子になって、
小さな妖精に助けてもらったんだって。



「もういいよ、そんな話。」
ママの話をさえぎって七海は目をつぶった。







「お腹の赤ちゃんがびっくりするから、
あんまり張り切って片付けなくていいよ。
七海もしっかり、ママを手伝ってあげてね。」

聞こえないふりしていたら、
パパはママのお腹にバイバイして、仕事に出かけて行った。 





二階の窓から見下ろすと、となりの庭が見える。
あれ、おとなりのゆりさん、大きな木を見上げて何かしゃべっている。
だれもいないのに変なの。

ゆりさん、七海に気がついた。

「こ、こんにちは。何してるんですか?」

「ふふ、そろそろ桜の花、咲かせる気がないか、ちょっと聞いていたのよ。」
そう言ってゆりさんは、その木をぽんぽんって優しくさわった。
よく見るとまだ硬そうだけど、あちこちにつぼみがついている。

「あらあら七海ちゃん、春も近いのにそんな退屈そうな顔をしちゃって。
うーん、その様子じゃ、まだ会えてないようね。」

ゆりさんはまゆを上げ、目をクリンとさせて、笑った。
初めて会った日もゆりさんはこんな風に笑って、
七海の耳元でささやいたんだ。

「この街には妖精がいるのよ、七海ちゃんもきっと気に入るわ。」







今日もダンボール箱の山の中、大きなお腹をさすりながら、
ママはお片付けをしている。                 
「ああ、疲れた。七海はもう、お部屋片付いた?
できたらこっちも手伝って欲しいなぁ。」

ひと休みしようって下に降りて来たのに・・。

「そんなに大変なんだったら、引越しなんてしなきゃ良かったのに。」
七海の口からチクチクとがった言葉が飛び出した。
ママは少し驚いた顔をした。

「私は転校なんてしたくなかったもん。
きょうだいなんて、別に欲しくなかったもん。」


─楽しみだね、七海のお部屋もできるのよ。
お引越しの話がどんどんすすんで行く中で、今までどうしても言えなかったことが、涙といっしょにぼろぼろあふれ出した。

ママは、悲しそうな目をして七海の言葉を黙って聞いたあと、
「ごめん。ママ、はしゃぎすぎてたよね。」 

そう言って七海のおでこに自分のおでこをこつん、くっつけた。






トゥルルル、トゥルルル。
留守番してたら電話がなった。
あわてて出たら、病院に行ってるはずのママの声。何だか元気がない。

「急でごめんね。ママ、入院しなくちゃならないの。
パパからの連絡待ってるんだけど、そっちに電話があったら、
伝えてくれないかな?
入院用のかばん持って来て下さいって。
心配しなくていいのよ、おばあちゃんが夕方には来てくれるからね。
パパに連絡が取れない時は・・
ああ、でも、やっぱり一度帰らしてもらおうかなぁ・・。」

赤ちゃんは予定よりうんと早く生まれたがっていて、
でもそれは、赤ちゃんにとっても、ママにとっても大変なことなんだ。

─きっと、引越しで忙しかったの、良くなかったんだ。
私がちゃんと、お手伝いしてあげてたら・・。
どうしよう、赤ちゃんとママに何かあったら、どうしよう・・・。

七海の足はガクガクふるえた。
心臓はドクンドクンいっている。

「かばん、私持って行く。持っていくよ。
病院の場所わかる。ちゃんと覚えてる。動かないで待ってて。
すぐ行くからっ。」





ママが、いいよ、いいよ、というのを押し切って、
七海は必要なものを聞き出し、かばんにつめた。

玄関のカギ、カチャリ 閉めてると
「大丈夫?おばちゃん一緒に行こうか」
ゆりさんが言ってくれた。
だけど七海は、ひとりで大丈夫、ってきっぱり言ったんだ。

七海はくちびるをきゅっと結んで、ずんずん歩き続けた。
きっとすぐ解かる。
橋を渡って、真っ直ぐ行って・・右に曲がって、左に曲がって・・・。
そろそろ白い建物が見えてくるはず・・。
なのに、どうしても見えない。

少し引き返し、立ち止まり、また考えた。

─どうしよう、迷子になっちゃった・・・。

心細さを追い出すみたいに、足をふんばってぎゅっと目をつぶると、
ママの小さい頃のあの話、思い出した。
迷子になって泣いてたママ、道案内してくれた小さな小さな妖精・・。



「妖精さん、いるの?いるならお願い。道がわからないの。
病院でママが待ってるの。」

泣きたくなんかないのに、涙が出てきて、
まわりがぼんやりかすんで見えた。



 そのときなんだ。小さな羽音、聞こえたよ。


「コッチダヨ、ツイテキテ。」

桜の花びら色の小さなものが、七海の耳元からふわり、
風に乗って七海の先を飛んでいく。
涙をふいて追いかけると、お日様の光を受け、
とんぼの羽のみたいなものがキラキラ輝いた。


「ヤット気ガツイタネ。」
嬉しそうな声がした。




「ママ!はい、かばん。」

ママに会えてほっとする。
こんなに重いかばんを持ってたんだ、七海は今頃気がついた。

「七海、ありがとう。」
ママは七海をぎゅーっと抱きしめてくれたよ。

「初めての道なのに、よく来られたね。」

「あのね、あのね、私にも妖精、ちゃんと来てくれたんだ。
 ここまで一緒だったの。」
夏海は嬉しくて、クルクル回ってそう言った。






帰り道、行きかう街の人たちの笑顔の先に、肩ごしに、
キラリ 妖精の羽が見える気がする。

ゆりさんが心配して後ろを付いて来てたことや、
大きなかばんを持って泣きそうな顔した七海に、
色んな人が声を掛けようとしてくれていたことを、七海は全然知らない。

だけど、七海は心から思ったんだ。

「この街、大好きになりそうよ。」





家にはおばあちゃんの焼くケーキのにおい。
ゆりさんちの桜、いっせいに咲いている。
そして七海にもはっきり、誰かさんたちの呼びかける声が、聞こえたよ。




「オカエリ。ガンバッタネ。」

「オカエリ。ヨクヤッタネ。」




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Appendix

すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

過去記事どこにでも、
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舞い上がって
喜びます。

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