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生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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屋根の上から見えるのは

Mystery Circle Vol.24参加作品
お題の「ドサッ」から色々思い巡らし、サスペンスとか、ホラーになるんじゃないか・・なんて思ったりもしたんですが、結果はこういう風になりました。
一番私らしい話になったんではないかな。MCではちょっと浮きそうですが。
話を書くのも楽しいけれど、私は題をつけるのが好きだったりします。特に副題をつけるのが・・
これの副題(ボツ題?)は「あしたもあたしはあそこをあるく」です(長い!)




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画像はお友達の「温泉さん」の「仕事帰りの風景」。
名前どおりの温かいまなざしで撮られた写真を見て、おねだりして頂いてきました。
ありがとうございました。





6月のお題
「ドサッという、いやな音がした」で始まり
「数え切れないほど何度もとおった道だったにもかかわらず、何もかもが新鮮に思えた」を使って締めくくること。

お題の出典:
『ペンドラゴン 死の商人』 著:D・J・マクヘイル


* * * * *


ドサッという、いやな音がした
・・いや、実際は聞こえたはずもない。

一瞬前まで、そう その直前まで、あたしは屋上に立って、校舎の影でいつも薄暗いグラウンドの隅っこ辺りを見ていた。
初夏の風が制服のスカーフをかすかに揺らす。きっぱりと青い気持ちの良い空が、頭の上広がっていたはずだけれど、
あたしはその時、真っ直ぐ下しか見ていなかった。
下向いたあたしの鼻先をかすめ、風に乗ってふわふわと舞う和毛(にこげ)を見たような気がして思わず目で追った。その時のこと。
くねりながら続く貧相な道の先、小さく見えるあの平屋の屋根の上から その人はつうっと・・落ちたのだ。
あっという間の出来事だった。

授業中の校舎からざわめきが一斉に起こり、うぉんと共鳴する。女子の悲鳴のようなものも聞こえる。
イスを立って窓際に行く者も多いのだろう、ガタガタと椅子の動く音で校舎の空気が揺れた。
─先生、救急車呼んだ方がいいんじゃねぇの?救急車!
─うち、近所なんだ、先生。心配だから 早退して見に行っていい?
授業中、何人の生徒が教師の声をBGMにして、どんなこと考えながら窓の外を見ていたのだろう。
退屈な授業を中断する事件。お祭り騒ぎに近い興奮。

─危ないとか、誰か先に気づけって・・相手は年寄りなんだから。・・っていうか、屋根上るなよ、頼むから。
あたしの足でも走れば、5分もかからない。
階段を駆け下り、ざわめく廊下を突っ切って、あたしは全速力で校門を抜ける。

カンザワのじいさん、略して「カンじい」が屋根から落ちた。
今日の学校は、転落事故の目撃談から始まって、区画整理と道路計画に一人抵抗し続けるカンじいの事、
かつて駄菓子屋だったカンザワの思い出話で一日が過ぎるだろう。
それとも・・屋根から落ちた年寄りのことなど、一瞬でみんなは忘れちゃうのかな。


「駄菓子のカンザワ」の消えかかった立て看板が見える前に、救急車の音が聞こえてきた。
どこにこんな沢山の「近所の知り合い」がいたのかと思うくらいの人集り。
「何ともないっつったら、何ともない!」
野次馬を掻き分けて前に進んでいると、懐かしい嗄れ声が耳に届いた。
よろよろしながらもカンじいが立ち上がるのが、人と人の隙間から見えた。
ああ、無事だった、あたしは安堵する。
それでも一応・・と状況を確認する救急隊員をぎろり睨みつけた後、カンじいはこちらを見た。
目が合った。
気が付くとあたしは野次馬を背にして、ぽっかりと空いた中心にいた。
自分でも意外だった。人の輪の中心で、あたしはカンじいと向き合っていた。

「おう、倫子、来たか」
あたしがが来ることを予想していたかのようにカンじいはにやりと笑う。
リンコの「コ」の音を微妙に濁らして、わざと「リンゴ」のイントネーションで言うのは昔と同じ。
「ふん、しょうがねぇな。冥途の土産に救急車でも乗ってやらぁ。倫子、一緒に乗んな」
ぐらりとよろけたのを誤魔化すように、あたしに手を差し出した。


「お孫さんですか?」
救急車の中で、搬送先の病院で、何度も聞かれて戸惑う。
「近所に住んでました。何年も前ですけど」
あたしの住んでいた家はもうとっくに取り壊されて跡形もない。
あの道沿いの区画の中でも比較的早い時期に、立ち退きをうちの両親は受け入れた。
母は結婚してすぐ、父の実家に渋々入っている。 
祖父母も亡くなった今、窮屈な思いをしたあの古い家を出るのは、母にとって、むしろ喜ばしいくらいだったろう。
校区を変えない近場への引越しは、母の父と私への精一杯の思いやりだったはずだ。
だけど、その引越しを境に、父と母はギクシャクし始めた。
もともとあった何かが、遠慮をなくして表面に顔を出したって言った方が正しいのかもしれない。
この辺りは、父にとっては子供時代を過ごした思い出の場所。
母にだって、同じような大事な思い出の場所が別にある。



駄菓子屋はとっくに畳んでいたが 立ち退きには最後の最後まで首を縦に振らず、
カンじいだけがそのボロ家に居座っていた。



強がって痛みをこらえていたのだろう。カンじいの骨にはひびが入っており、入院することになった。
着替えを入れた荷物を持って静子さんが病室にやって来たのは、その日の夕方近く。
「何で屋根なんかに上るのよ、歳を考えて頂戴、父さん」
カンザワが駄菓子屋だった頃、よく店番をしていた人だ。
うちの父と歳も近い静子さんを「お姉さん」と呼ぶのは、子供心に妙な気がしたが、
当時独身の静子さんは「おばちゃん」と呼ぶと、聞こえないふりをした。 
静子さんの見合い話にケチばっかりつけて ぶち壊し続けてるのはカンじいだったらしい。
カンじいが店を畳んだ年の秋、静子さんはこの辺りでは珍しく、近隣の小さな神社で式を挙げ
花嫁衣裳でカンザワの店先兼玄関からお嫁に行った。
白い着物、白粉の顔にくっきり赤い紅をさした静子さんが、古びた看板を名残惜しそうに見つめる様子、
玄関先、への字口で佇む カンじいの顔、
通りに待たせたタクシーまで、着物の裾を気にしながら、狭い道を静子さんが歩く姿、
古い映画の画面のように 今も思い出す。



「いい機会だから、もう駄々こねるのやめて。ねぇ父さん、退院したらあの家片付けてうちに来てね」
「駄々なんかこねとらん」
カンじいは ふんっと大きく鼻を鳴らし、布団を頭から被る。
ふううっとため息ついた静子さんは あたしに目くばせして、映画で外人がするみたいに肩をすくめた。
「久しぶりね、大きくなったねぇ・・倫子ちゃん、駆けつけてくれたんだって?ありがとう」
年相応の貫禄みたいなものを身体につけた静子さんを、あたしは結構素敵だなと思う。
エステだ、ダイエットだ、とキリキリしているあたしの母より自然体でいい。
「結婚式の日以来かもしれないなぁ ほんとに久しぶり」
─父さん、嫁いだ者は簡単にに実家に来るもんじゃない・・って
帰ったら、機嫌悪くなるんだもの。行ったって、すぐに帰れ帰れって煩いし・・。
静子さんは 持ってきた花瓶に花を挿しながら、のんびり笑って言う。
もう「おばさん」って呼んでも、怒らないかな。

立ち退きの話は静子さんが間に入って、ほぼ決まっているらしい。
身体を悪くしてしまっては流石のカンじいも、もうあの家には帰れないだろう。
「見納め・・のつもりだったのかなぁ、お父さん」
静子さんは、病院の大きな窓ガラスの外、並ぶ家の屋根を見ながら、ため息をついた。
大きなビルやマンションに隠れて、カンじいの家あたりは ここからは見えない。
「お父さんってね、子供の頃 叱られた時とかよく、あの屋根の上で泣いてたんだって」
「カンじいが?」
カンじいの子供の頃なんて、想像もできない。


「あれ、今日、学校は・・?」
さすがに授業中 屋上でサボってて、たまたま目撃した・・とは言えなかった。


ロシアンルーレット。
クラスで流行ってたその悪ふざけの あたしは今日ターゲットになった。
簡単なことだ。ターゲットが教室にいなくなった隙に、誰かの掛け声で机がどこかに隠される。
隠すといっても、モノは机、ただ少し移動するだけだ。
休み時間内に必ず見つかるし、ターゲット選びに深い意味はない。
誰かを集中的にターゲットする訳でもない。
あたしたちは「イジメ」だなんて思っていない。思ってなかった。

けれど、教室に入った瞬間の皆の視線の痛さ、沈黙の圧迫。忍び笑いに潜む黒い快感。
嫌だ・・あたしは嫌だ。
瞬間湧き上がったのは、ターゲットにされた事実に対しての悲しさとか辛さではなく、もっと もやもやした怒りだった。
今までこんなことをして喜んでいたことに対する どうしようもない自己嫌悪だった。
普通ならみっともなく机を探し回って元の位置に戻し、
「いやぁ、参っちゃう。焦った、焦ったぁ」なんて仲間に笑いかけ、
その後はテキトウな話題を振って、楽しげに装わなければいけない。
本当のイジメに発展するかどうかは かえってこの後の態度に関わっている。
解ってはいるのだけれど、笑顔なんか出なかった。
「もう よそう、こんなの嫌だ」
引きつった顔のまま、あたしは教室を後にし、屋上へ続く階段を駆け上った。
最上階の踊場はいつも人気がなく、ひとりになりたい時あたしはよくここに来る。
珍しく屋上に出るドアのカギが開いていたので 新鮮な空気を吸いたくて外に出たのだった。
背中に投げかけられた誰かの声が 頭の中に繰り返し響く。
「自分がやられたからって、急に何、アレ?」





「静子のヤツは帰ったか、倫子?」
ぼんやり窓の外を見ていたら、眠っていると思っていたカンじいの声がした。
「うん、また明日って」


あたしたちが駄菓子屋によく行った頃は カンじいは勤め人を辞めて ぷらぷらしてた。
静子さんがいない時は店の番もして、気まぐれに子供の相手をする。競馬で勝って機嫌のいい時は、沢山おまけしてくれた。
子供たちの名前をもじって、おかしなあだ名を作っては カンじいはあたしたちをからかった。
その癖ちっとも覚える気がなく、たいていの子は毎回名前と学年を聞かれ、また新しいあだ名をつけられる。

「よく覚えてたね。あたしのこと・・」
「リンゴは、特別」
ウィンクのつもりなのか、カンじいは片目をしばしばさせて片頬で笑った。
─カンザワのおっちゃんはさ、昔はなかなか男前でお洒落だったんだ・・父が言ってたのを思い出す。
当時は奥さんが店をやっていて カンじいは結構遊んでいたらしい。
その奥さんも早くに病気で亡くし、静子さんを男手ひとつで育てたのだという。
─葬式では涙ひとつ見せなかったおっちゃんがさ、ひとり屋根上ってなぁ、泣いてんだ。
 本人、誰にも知られてないと思ってるらしいけどな。
吼えるみたいな泣き声は、近所一帯に 長い間響き渡っていたそうだ。
もしかしたら・・とあたしは思う。
もしかしたら、静子さんの結婚式の後も、カンじいこっそり屋根、上ってたのかな。


「あたしが来るって、何で思ってたの?」

「リンゴこそ何が見えたよ? 学校の屋上から」
「え・・そっちからも あたしのこと見えてたの・・?」
「おう、見えたぞ」
「何となく、下・・見てただけ。ふわふわって、猫か犬の毛みたいなの飛んできた」
カンじいは、その辺りに毛が飛んでるかのように 宙に視線を漂わせた。つられてあたしも何もない空を見る。
「生え変わりの季節だもんなぁ・・」
カンじいは、目を細めて笑う。
「ワシ、リンゴに向かって手ぇ振っとったんだがなぁ。 ふん、気付かなんだか。
 ほぉ・・・・そうか、そうか、猫の毛か」
何だか勝手に「猫の毛」って納得顔して、カンじいはひとり肯く。

「なぁ・・ベタのこと覚えてるか」
猫・・で思い出したのか、しばらくの沈黙の後カンじいはその話を切り出した。

そっけない扱いを見てる限り、取立てて可愛がっているようには見えなかった。
でも、夕涼みしながら一杯やるカンじいの横で おつまみを分けてもらって食べるベタや、
店先で寄り添ってうつらうつらする一人と一匹は「信頼しあった連れ合い」っていう感じだった。
子供たちにも警戒することなく近づき甘える様子から、カンじいはその猫を「ベタ」と呼んだ。

「屋根に上るとな・・あの交差点も見える」

カンザワの店から蛇行しながら続く道は あたしたちの通学路だ。
小学校も、中学も、大半の子が行く公立高校も同じ延長線上にある。
父や静子さんも同じ道を通った。もしかしたらカンじいも、ずっとあの道を通って学校に通ったのかもしれない。
交通量の多い国道と交差するところは、飛び出し事故が絶えず、今は地下道がある。
その交差点の真ん中に、茶色の雑巾みたいになったベタを見つけたのはあたしだった。

きゃあきゃあ騒ぐばかりの友達を無視して あたしは道路の真ん中に進み出てベタに近づいた。
何回か同じところを轢かれたのだろうか。
一部はもう生き物の名残もなく、そして一部はよりリアルに生き物であったことを主張していた。
ベタ、連れて帰るからね。
あたしに向かってクラクションが鳴り響いているのも聞こえなかった。

カンじいが来たのは、友達が慌てて知らせに行ったからだという。
「急ぎだか何だか知らねぇけど、五月蝿いんだ馬鹿野郎!今こっちの方が大事なんだ」
カンじいはクラクションを鳴らす車を大声で怒鳴りつけ、車の流れを強引に止めた。
そして、ベタを道路から引き剥がす作業を、カンじいはあたしから引き継いだのだった。

母が後で言ったように「さっさと役所に通報して『死んだノラ猫』を処分して貰い 自分は学校に行く」なんて絶対に嫌だった。
「だって あれはベタだもん」
警察と学校からも大目玉をもらったけど、あたしとカンじいは、その時そうしなくては駄目だったんだ。
店の前まで戻ると、カンじいは屋根に梯子かけてするする昇り、唖然として見てるあたしに手招きした。
こわごわ屋根の上に上るあたしのへっぴり腰を見て、カンじいは涙流しながら笑った。

心地の良い風が火照った体を気持ち良く冷ます。目の前に広がる夕焼けは見たことないくらい綺麗だった。
カンじいが黙って差し出したラムネを飲みながら あたしはやっとゆっくりベタの「死」について考え、踏み潰された小さな命のことを 絶対に忘れまいと思った。
時々鼻をすすっていたカンじいは 最後は近所に響き渡るくらいの大声出して泣いた。
ちりちりと炭酸が口の中ではじけ、鼻の奥がツンとした。


「ベタなんて名前じゃなきゃ、良かったかなぁ・・って思ってよぅ」
病院の窓から見える夕焼けを見ながら、今あたしとカンじいは同じ光景を思い出していたのだろう。カンじいは、詰まり詰まりそう言うと、しわくちゃの顔、もっとくちゃくちゃにして寂しそうに笑った。
「何だか 可哀想でよ。もっと強そうな、もっと固そうな名前にしときゃ良かった」
ベタの最期の姿を思ってのことだと、あたしにも解った。カンじいの中にもベタはずっといたんだね。
あたしは一息大きく息を吸ってから、カンじいに言う。
「そんなことないよ。ベタはさ、呼んだらにゃぁって返事したじゃない。結構気に入ってたと思うんだ。自分の名前」
ベタはベタだもん。
あたしたちの大好きだった、強くて、甘えん坊な猫。

「たかがボロ家、たかが道、かもしんねぇけどよぅ・・繋がってんだよなぁ・・色んなものに」
カンじいがぽそりと言う。屋根の上でカンじいは、今日そんな「色々」について考えたかったんだろうな。身体に多少無理してでも。

「リンゴ」
「何?」

「せっかく高い所上るんならさ、下ばっかり見てんじゃねぇぞ」
空を見ろ、景色を見ろ。ずっと遠くまで続く道を見ろってんだ。
道ってぇのはさ、後ろにも前にも、ずっとずっと先にも延びてるんだ・・カンじいはそう付け足して遠くを見やり
「・・吃驚するじゃねぇか、リンゴ、落ちる気かと思ってよ」
小さい声で言って、目をつぶった。
─大丈夫、落ちないよ。・・・自殺しようなんて、思わないよ。
言葉の意味をかみ締めながらあたしは答え、言葉にしたことで、何だか少しほっとした。
あたしが死んだら、カンじいは屋根でおおぅ、おおぅ、吼えるように泣いてくれるのかな。



「また 来るね」
カンじいに告げて、病院を後にした。
遠回りになってもいい、今日はあの道たどって、家に帰ろう。

あたしはまず、古いカンザワの立て看板、スタート地点に行く。そして歩き出す。
ベタが生まれた縁の下、小銭握って駄菓子選んだカンザワの店。
静子さんを見送った曲がり角。おしゃべりしながら歩いた通学路。ベタが轢かれた交差点。
夕日色の道。ちりちりはじけるラムネの味。
カンじいが、父が あたしが来た道。毎日行く道。
そして、これから 進む道。
あたしは、一歩一歩 踏みしめる。

数え切れないほど何度も通った道。
だけど今日は、何もかも、新鮮に思えるのは何故だろう。







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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

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