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生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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Sanctus (サンクトゥス)   Pandora(パンドーラ)2

第55回 Mistery Circle バトルロイヤルルール 参加作品



●ルルルルル、と受話器が鳴った。  を始めとし、

《 挿入文 》いくつかのお題の中からこれをチョイスしました。
●"いかにも”探偵っぽい探偵を出して欲しいところだった。

●……いや悲しくなってきたのでこれ以上考えるのはやめておこう。を終わりに使うこと





ルルルルルと電話が鳴った。響子は手を伸ばし反射的に 枕元の携帯を探す。探り当てることができず仕方なく目を開けようとするが瞼が重い。ああ昨日飲みすぎたんだっけ。ぼんやりと記憶を手繰っている間に「はい、もしもし」と電話に応答する可愛らしい子供の声が耳に入る。
状況が全く呑み込めずやっとのことで目を開けるとそこは自分の部屋では無い。いかにも子供の描いた絵、子供とその両親と思われる幾つもの写真が飾られた壁が視界に入る。子供…子供って?写真…あれはいったい誰と誰?全く整理のつかない頭に 電話の相手に今日の出来事を告げているらしい楽しげな声が聞こえてくる。
「そう、ママの友だちのおねえさんが来てる。朝になっても昼になっても そこで寝てる。よっ・ぱ・ら・い。」
面白くて仕方がない、という感じでくっくと笑う。ああ、その『よっぱらい』だ。なるほどそれって あたしのことだ。だんだん覚醒してくる自覚はあるものの 身体の重みとこめかみの鈍い痛み 光がまぶしい。

「響子ちゃん 起きたの?はい、お水 どうぞ」
首を横に向けるとすぐ傍にテーブルが見えた。その上にそっと水の入ったカップを置く細くてきれいな指。その指で思いだす。ああ、「葉月さん」だ。
「何だかまだ頭、ぼんやりしてて…すみません、よく覚えてない、かも」
起き上がった響子は ここが神崎葉月の家だということを やっとのことで理解した。
「じゃあね、また電話してよ、絶対だからね、約束!」
声の主は、昨日初めて会った葉月さんの息子の昴だ。2年生って言ったっけ。…だんだん記憶が鮮明になってきた。

電話の余韻を楽しんでいるように、笑顔の昴は飛び跳ねながら響子と葉月の傍に来る。
「なんか嬉しい電話みたいね」
いつまでも『よっぱらい』では示しが付かないと 響子は背筋を伸ばして水を飲み、落ち着いた大人の声で少年に話しかけてみる。
「うん。父ちゃんから」
「父ちゃん」に力を込め 昴は胸を張ってみせた。

響子が神崎葉月と知り合ったのは、つい先日のことだ。妙な縁で始めてからもう1年経った「有料愚痴聞き電話サービス 『ほっこりたいむ』」の仕事の新しいスタッフとして紹介されたのだ。日中はフルタイムで働いているので 自宅に専用電話を引いて子供が寝た後、仕事をするという。紹介者は もちろんいつもの市役所職員であり陰のスタッフ野瀬君だ。
「こちら神崎さん、僕のヨメの高校の先輩。以前お会いした時からずっといい声だと思ってたんだ。深くて心に沁みる。素晴らしい」
こういう褒め言葉を恥ずかしげもなくさらさら言うのが野瀬君だなぁと思いながら 響子は葉月に会釈した。化粧は薄く、一つに束ねたロングヘア、飾り気のないしっかりした感じの人だ。野瀬君の奥さんの出身校は地元では有名なお嬢様学校だと聞いている。時折見かける華やかな雰囲気の生徒たちとはちょっと印象が違う。
「よろしくお願いします」
よく響く芯の強そうな声、相手に寄り添いしっかり支えてくれそうな、そんな声。野瀬君の褒めるのも解る。それほど年上でもないけれどしっかり「お母さん」の風格のようなものも備えている。
昨日は確か、簡単な仕事の説明をして「続きはうちで」と招かれるまま、夕食をごちそうになって 幾分お酒も飲んだ。
日頃聞かされる他言できない他人(ひと)の愚痴を 仕事の内容の例としてでも誰かに話せるのは有難かった。守秘義務というのは結構ストレスなのだ。吐き出し口が無い。何だか響子ばかりが一人でしゃべっていたような気がする。そして、気が付いたらここで寝ていた、という訳だ。
「お父さん 昴君に電話してくれるんだね」
「うん 約束なんだ、男同士のや・く・そ・く」


「『父ちゃん』って言ったんだよね」
「うん それが何か?」
「いや…どういうことだろうと思って」
酔っぱらって葉月さんの家にいた話を、朝掛って来た電話のところまですると、野瀬君は酷く困惑した顔で響子を見た。
「どういうって?お父さん、単身赴任とかそういうのじゃないの?私はてっきり」
「いや…」
言い淀んだまま 野瀬君は市役所の食堂の薄いコーヒーを飲みほした。空になったカップをそのまま持っている。
「葉月さんのご主人、今年の春に亡くなってるんだ。仕事中事故に遭って、その後ずっと調子が悪くてさ」
言いづらそうに野瀬君が言う。意味がつかめないまま響子は野瀬君の顔を見る。昴の「父ちゃん」と呼ぶ楽しそうな声はまだ響子の耳に残っている。
「今は『父ちゃん』って呼ぶ 他の誰かがいるとか、そういうことなのかなぁ…」
それも違う気がする。
「だって、昴くん、その後、壁の写真の『父ちゃん』を私に紹介してくれたんだよ。赤ちゃんの時から写真に写っているのって、葉月さんとその人だけだった」
どれも温かで強い絆を感じる写真だった。昴の「父ちゃん」はあの人だけに違いない、あの子が別の人をもう「父ちゃん」って呼ぶのは違う気がする。
「葉月さんは その電話 どうって?」
「電話の間、私まだうとうとしてたからなぁ…。でも電話の話や「父ちゃん」の話を私が昴くんとしている間 にこにこ笑ってた」
「うーん、どういうことだろう」
野瀬君は空のカップを口に運び、同じフレーズを繰り返した。


「父ちゃんは透明だから 声も透明なんだって そういうの」
「じゃあ 相手はずっと無言ってことですか?」
「そうだと思う。私が代わっても何も言わない」
「じゃあ、もしかして相手は誰か 葉月さんご存知無いんですか?」
親しく話をしてみると葉月さんが「お嬢様学校出身」だということが納得できる。育ちの良さからにじみ出る品の良さと言うのだろうか、おっとりしながらも芯の強さを感じる。
「最初に出たのは私だったの」
葉月さんは柔らかく微笑んだまま、その時のことをゆっくりした調子で答える。
「何か言おうとしている様子が解るの。最初は昴のお友達が掛けてきたのかなと思った」
「ずっと 何にも言わないんですか?」
「『もしもーし、どなたですか?お話して下さい、聞きますよ』って 子供を安心させるように言って…大人の悪戯電話だったら確かにすごく変よね」
昴くんの友達の年齢なら間違ってワンタッチのボタンを押してしまうこともあるかもしれない。昴くんのことが好きな小さな女の子が何も言えずに固まってしまう様子だって想像できる。葉月さんの対応する言葉が優しくて、何だか微笑ましい。
「でね、小さくしゃっくりしてるのが聞こえた」
「しゃっくり、ですか」
「何度、声を掛けても、待っても、結局何も言わないまま。」
「相手のナンバーが解る電話にするとか 調べてもらうとか…嫌だったら拒否するとか 色々対策はありますよね、きっと」
「何となくだけど、相手は子供ではないと思うの。でも悪いひとじゃないって気がした。大丈夫だって」
「しゃっくりで…ですか?」
「そうね…」
そう感じるどんな理由があるんだろうか。聞いても葉月さんは「母親の勘」だと言って笑っているだけだ。
「次は昴が出たの。ちょうどいつも彼から電話がある時間だったから」
「昴くんはお父さんだと思っている?」
「そう…みたいね。相手に『父ちゃん?』って呼び続けて。その後は多分一方的に喋ってる。そしてね、」
「また絶対掛けてきてって?」
「ええ…彼、昴が生まれてからもずっと地方の仕事が多かったの。まだ片言も言えない頃からよく電話を掛けてきては声を聞きたがったのよ」
電話でのコミュニケーションは 昴くんがずっと小さい頃からの父と息子の楽しみだったんだ、響子は葉月さんの言葉を頭で繰り返し考える。
「一度約束した日に電話が無かった時 昴の落ち込み様ったらそれは酷かったのよ」
「本当に お父さんのこと、大好きだったんですね」
「それからは、掛けてくる時間だけ決めて、日にちは決めないことにしたみたい。その時間掛って来なかったら別の日に掛って来るって」
父と息子、男同士。何だかいいな、響子は思う。自分が男だったら、男兄弟がいたら、自分の感じ方も、父親の接し方も違っていたのだろうか。

「亡くなる前もね、私だけ仲間外れにして 男同士の話があるからって。もう話ができる時間も少なくて、私だって少しでも一緒にいたかったのに」
悔しかったわぁ、と葉月さんは懐かしそうに笑う。亡くなってもなお この人の中にご主人はしっかり居るのだと響子は思う。
「何の話だったんでしょうね」
「どこにいても電話する、今まで通りずっと、って そんな約束でもしたのかと今になって思うの」
死を覚悟した時 息子だけに話しておきたいこと、葉月さんのご主人にとって何だったんだろう。
子供に掛って来る無言電話。嫌な想像はいくらでもできる。けれど「もう少しこのままでいいかな」、という葉月さんの穏やかな笑顔の前に、響子はこの日それ以上何も言えなかった。



「どう思うの?」
野瀬君が逆に聞いてくる。顔を近づけて眼を合わすようにされるのは どうしても慣れない。急に眼を逸らしたり ここで首の向きを変えるのも妙だろうとか思ってしまって どうして良いか解らず 余計に動きが不自然になるのだ。野瀬君には奥さんもいるし もちろん響子にも恋愛感情は無いのだけれど。この野瀬君に挙動不審の『キョド子』と勝手なあだ名をつけられたのは、響子が高校生の時の話だ。

「どうって 言っても」
「天国からの電話って 本当にあるのかなぁ」
そっちか?その可能性を野瀬君は少しでも考えているのだろうか。野瀬君のことを『お気楽なおぼっちゃま』と大地が言っていたけれど、響子は野瀬君の性格が未だによく解らない。返し方が解らず響子が黙っていると 野瀬君は軽い調子を少し改めて 話を続けた。
「え、っと、そうだな、心配すべき点はだな…」
「…ストーカーとか…」
「変質者とか?」
「空き巣ねらいとか」
野瀬君も幾分解っているようで響子も少しほっとしたが 更に被せてくる悪い内容を確認すると落ち着いていられない。
心配なのは 相手が誰かということだけでもない。その不安の中身を響子は初めて口に出した。
「突然その相手が『自分は父ちゃんなんかじゃない』って言って、昴くんを傷つけるのが…怖い」
色々口に出していく内に ますます不安が募る。暗い気持ちがどんどん膨らんでいくのはなぜだろう。
「そんなことも含め お母さんの葉月さんが一番考えてるはずだと思うがなぁ。気にしすぎなんじゃない?響子ちゃん」
結局はそれほど心配していない様子の野瀬君に対して、響子は何だか腹立たしい気持になってくる。
「野瀬君は…」
喉の奥に詰まった言葉が押し出されるように響子の口から出る。トゲのある言葉は言った自分にも 痛みを伴って返って来ることを響子だって知っている。
「野瀬君は幸せに育って、今もいい家庭を築いてる、健康で何の心配もないかもしれないけど…」
怒りを含んだ響子の低い声に さすがの野瀬君も驚いた顔をした。
「昴くんはまだ2年生で、大好きなお父さんが亡くなって間がないんだよ。その昴くんを葉月さんは見守って暮らしてる。葉月さんは大丈夫って言って他人に頼らないけれど それでも、」
「それでも?」
「もっと悲しい思いをするかもしれないことがあるのなら できるだけ遠ざけてあげたいじゃない」
子供が悲しい思いをするのはどうしても嫌だ。それはきっと自分が親と上手くいかないまま育って、楽しい思い出が少ないせいかもしれない。野瀬君に対してムキになるのは完全なヤツ当たりだ。頬が熱くて、手が冷たい。自分が本当に葉月さんや昴君のことだけを心配をしているのかどうかさえ 解らなくなりそうだった。

野瀬君は驚いた表情をゆっくり元に戻すと、今度は難しい顔をして黙りこんだ。眉間に皺を寄せ何か一生懸命考えている様子に下手に話しかけることも躊躇われ、響子も同じように黙って考えた。いつになったら相手が何かを切りだすのか解らず だんだん長い沈黙に耐えられなくなった頃 
「響子ちゃんが葉月さんと昴くんのことを想う気持ちは解った。そうだな、余計なお世話になるかもしれないけどちょっと探ってみるか。」
テーブルに載せた響子の固く握ったままの手の甲を野瀬君は指先で軽くつつき 向かいの椅子から立ち上がる。仕事の昼休みに時間を取って貰っていたことを響子は思い出し、時計を確認した。
「探るって?」
響子が聞き返すと 野瀬君は鞄を持ち直してにっこり笑った。いつもの計画好きの癖が出たのか 微妙に嬉しそうだ。
「こういう時は『探偵』だな。声掛けてみるよ」
『探偵』という言葉に妙に力を入れて言う野瀬君の笑みを、響子は何だか不謹慎だよなと呆れた気持ちで眺めた。



それでやってきたのがコイツだ。島崎大地、響子にとっては高校までずっと一緒の学校に通った、言うならば腐れ縁的な関係の男だ。
「なっ、何でここで出てくるのがあんたなのよ」
指定された店が例のお好み焼き屋だったので少しその予感はあったものの、引き戸を開けて入って来た大地を認めると咄嗟に出たのはその言葉だ。
「会えてそんなにうれしいか、高岡響子」
「うっ、うっ、なっ な、何、何、何で」
大地のふざけた言葉に上手く返すことも出来ず、お手拭を畳んだり伸ばしたり、また巻き直す。明らかに動揺している響子の様子を眺めて 大地は満足そうに笑った。
「もしかして 二人って久しぶりなの?会ってたんじゃないの?意外だなぁ」
野瀬君がきょとんとして言う。本当に知らなかったんだろうか?
「去年のクリスマス以来。やり残してる仕事あるとか言って 家のこと片付いたら帰っちゃったもの」
一晩一緒に過ごした、翌日のことだ。と言っても色っぽい展開は何も無かったのだが。
お父さんが亡くなって、家出したまま音信不通だった大地のお母さんにひょんなことから再会した去年のクリスマス。あれからもう 一年も経つ。

「こっち戻って人材派遣業でも始めようかなって。『レンタル秘書』とか『レンタル家族』とかってヤツ。これもまた野瀬の発案」
野瀬君は公務員なのに新規の仕事を考えるのが趣味でもある。考え付いた仕事は他人に薦める。響子の場合もそうだった。
「人材派遣?」自分が「レンタル探偵」になってやって来てそれで「派遣」は無いだろう、響子が思っていると それが伝わったかのように大地は続ける。
「いや仕事はこれから色々準備して行く感じ。この件に関しては別枠。オレ向きかなと思ってさ」
「何で また?」
「神崎 葉月さんでしょ?高岡が心配してるのって」
「知ってるの?」
「中学の時有名だった先輩の神崎さん、お前、覚えてない?」
神崎、中学、先輩…
「その神崎さんの奥さんと子供のことなんだし」
中学の時の大地はかなり屈折していて ワルぶっていた。その時大地に何かと声を掛け、可愛がってくれたという先輩。名前こそすぐに浮かばなかったけれど響子だってあの人なら知っている。怖いイメージしかなくて、学校でたまに見かけてもなるべく顔を直視しないようにしていたから 昴が見せてくれた写真を見ても全く気がつかなかった。印象がずっと柔らかで「お父さん」だったからかもしれない。
「調子に乗って悪さやりすぎそうになったら止めてくれたのが神崎さんだった。仲間ひとりひとり どんなヤツでも大切にしてくれる人だった。」
亡くなってたのか…大地はぼそりと言った。

「まずは 行くぞ」
お好み焼きを食べながら神崎親子の話を一通りし、食べ終えて勘定を済ますと大地は先に歩きだした。
どこへ行くんだろうと不審に思いながら 響子は速足で歩く大地と野瀬君の後を追った。細い急な上り坂が続き二人について行くだけでも必死で息がきれる。長い階段を昇り着いたところは墓地。見晴らしのいい小高い場所にあるこの墓地は見上げると空が広く 天国ってヤツも近いような気がしてくる。
「霊に聞いてみる、とか? えー島崎ってそういうの信じるひと?」
野瀬君がふざけた言い方をする。それでも大地は至って真剣な顔をしたまま ずんずんと中に入っていき、神崎家の墓の前に佇んだ。神妙な顔のまま手を合わせる大地の様子に、二人も一瞬顔を見合わせ、慌てて祈る。カサコソと枯れ葉が舞う音だけが墓地に響く。
「これからオレたちが知ろうとしていることが 本当に神崎さんにとっていいことなのか まだ解りません。でも きっと神崎さんなら残った家族の、幸せを願っているはずだからさ。許してくれるよね、っていうか 神崎さんなら本当は全部お見通しなのかもしれないけど」
そう声に出して語りかけた後、
「ああ、こういう時って花とか線香とか持ってくるもんだったなぁ」
大地は頭を掻きながら言い 空の手を大きく振ってみせた。
「いいですよね、気にしませんよね、神崎さん」

「で、次はどうするの?」
墓地の急な階段を足元に気にしつつ下りながら、聞いてみる。大地にそれ程考えがあるとも思えなかったが、案の定 
「うーん、そうだなぁ。次ねぇ 次」大地は歩きながら考えている。
「とりあえず そのガキ、昴、に話でも話を聞くか」
「何を聞くの?」
「そうだなぁ。それは会ってから考える…あ、それより先に奥さんに会いたい、美人?」
何だか 酷く単細胞な「探偵」だ。探偵をならもっと探偵らしい探偵を呼んで欲しい。期待した私が馬鹿だった、と響子は思う。
「まあ、いいや。取りあえず脇から責めるか」
そこでなぜか大地は野瀬君を振り返りにっこり笑った。



「だから、何でうちで夕食なの」
大地と響子は野瀬君の家に上がりこみ、鍋を前にして座っている。
「朝から歩きまわって疲れたし、腹も減ったし、もう暗いし」
昼前に打ち合わせと称してお好み焼きをたらふく食べたのに 大地の食欲はどうなっているのか呆れる。出された割り箸を持ってもう食べる気満々というところだ。
「家庭の雰囲気ってやつに触れてみたくてさ、いいなぁ野瀬は」
3歳になるという野瀬君の息子を追いかけて抱き上げて振り回してくすぐって 大地は子供以上に楽しそうだ。大地が子供好きだなんて初めて知ったな、と響子は思う。初対面のはずの野瀬君の奥さん、早苗とも、もう軽口叩いてふざけ合っている。

鍋も終わりに近づくと子供は箸を持ったままうとうとしだし、早苗が声を掛けて歯を磨かせに洗面所に連れて行く。蒲団を敷いて子供を寝かしつけて戻ってくると早苗は響子と大地に向かって言った。
「葉月さんは賢くてしっかりした人だし、そもそも母親っていうのは子供の危険については本能的に用心深くなるものだと思うの」
「母親」である早苗んの意見は重い。
「葉月さんが『大丈夫』って言うのなら 相手を信用できるって感じる何かがあったんだと思う」
「何か、って?」
「うーん、よく解らないけれど ちょっとした後ろの音とか、こっちが話しかけた時のかすかな気配とか」
「だよな、僕もそう思った。危ないヤツかもしれなかったら あんな風に子供に会話させて放置なんてことないよね さすが早苗ちゃん」
大げさにぱちぱちと手をたたく野瀬君はやっぱり軽い。
「母親の本能、ね」
大地は呟き、その呟きに響子はどきりとする。大地の母親は大地が小学生の時 彼を残して不倫相手と出て行っているからだ。そんな響子の視線に気づいたのか大地がことさら軽い調子で声をあげた。
「あー美味かった。野瀬のくせにいい奥さんを見つけたな。コイツのどこが良かったんですか?」
「そうねぇ、馬鹿なところかしらねぇ」
いや、野瀬君、優しいし人望もありましたし…と響子が慌ててフォローする間も与えず 大地と早苗は野瀬君をネタにして笑い転げる。

「そうだ、高校のアルバム見る?葉月さん昔から美人で上品よ」
そうして早苗が見せてくれたアルバムにクラブの先輩として写っていた葉月さんは、黒髪をきっちり二つにくくった 生真面目そうな少女だった。
「神崎さんって この辺りじゃ有名な人だったじゃない?見た目やっぱり怖かったし。だから葉月さんが神崎さんと付き合ってるって聞いた時 本当に驚いたのよ。ご両親にも相当反対されたって聞いた」
「二人って 一体どういう出会いだったのかな」
「角でぶつかったとか 落し物拾ったとか?あ、不良に絡まれてるの助けたとか」
野瀬君は少女漫画も好きらしい。
「雨の日に捨て猫抱いてた神崎さんを見かけたとか?」
大地が言い、野瀬君が更に乗る。勝手な妄想が膨らんで二人で笑い転げている。
「あら、何もしてないのに職務質問されてた神崎さんを葉月さんが見かけて 警察官に抗議したって聞いたけど。理路整然とね」
葉月さんが神崎さんを助けたのか、その出会いの光景を想像したらなかなか微笑ましい。強くて賢くて真っ直ぐな少女だったんだ、葉月さんの印象がくっきりと形を成してくる。
「でも 強い人だけに誰にも言わないで悩みや不安を抱え込んでいるってこともあるかもしれない」
アルバムを片付けながら 早苗がぽつりと呟いた。
「寂しくても助けて欲しくても 自分から言わないかもしれないわね」

「無言電話 孫を想う祖父母説」という野瀬君が出した説は双方の実家の親が亡くなっているということで早苗にあっさり否定された。
「結婚反対しても 孫はかわいいって良くあるじゃない、いい推理だと思ったんだがなぁ」
野瀬君は明らかにがっかりした様子で 「ってことはやっぱり天国からの…」天国からの電話説をまた持ち出す。


響子も仕事の時に なかなか話し出さない相手の電話を受けることがある。
「ほっこりたいむ 『三田』でございます。どうぞ何でもお話ください」
無言。
「お気兼ね無くお話ください。心に引っかかったままのものを口になさるだけでも気持ちが安らぐかもしれません。もしもし?」
無言。
その時も数回の言葉かけの後 結局無言のまま切れた。
そういう時は、何だか寂しい。喋れないまま切るなんて残念だなと、相手の心配をして いつかまた掛けてくるまで待つことしかできない。今日は、状況が掴めず要領を得ないまま、結局「やっぱ、いいです」と電話を切る人がいた。訪ねたい相手がいるのだが、どうやって会ったらいいのだろう、と悩んでいるらしい。この間の無言の場合といい、言いたいことを抱えきれない程持ったまま、上手く喋れない人っていうのも沢山いるのかもしれない、と 響子は思う。

大地のお母さんが「ほっこりたいむ」に電話を掛けてきた時も、大地が探し当てたお母さんの住まいのポストにチラシを入れたことがきっかけだった。「三田さん」に悩みの電話を掛けてくる可能性だってあるかもしれない、神崎さんの知り合いに目星をつけて 大地はそれとなくチラシを撒き始めた。
「『悪い人じゃない』なら何だろうって考えた。電話の目的は残った家族を気にしてのことじゃないかと思うんだ。馬鹿だけど義理人情大事にするヤツも多いしさ」
「じゃあ 何で名乗らないわけ? 子供相手に神崎さんのふりをするなんて間違ってるよ。いつまで続ける気なのか解らないし」
「そこでムキになるな 高岡。まだ、そうと決まった訳でもない」
大地はチラシを配るだけじゃなく 色々な人に会って情報収集をしているらしい。何とか探偵らしいこともできるじゃないか、響子は大地の顔をしげしげと眺めた。
「沢山世話になったヤツとか調べてみたんだ。それと一応 恨みとか持ってそうなヤツ、葉月さん目当てとかも考えてみた」
神崎さんへの恨みとか葉月さんへの想いが歪んだ形になっているとかだけはあって欲しくない。
「まあ あれだけ有名な人だからね。敵がいなかったとも限らないし、葉月さんもモテたと思うし。お前とは違ってさ」
響子の引き攣った顔を解すつもりか、余計なお世話を付け加え、大地は舗道脇のブロックの上を跳ねるように歩き出す。未だにやることがガキっぽい。

今日は神崎さんの入院していた病院に行くつもりらしい。
こうして一緒に歩くと解るが 確かに大地は知り合いが多い。初めて会った相手も、すぐ気を許してフレンドリーに接してくる。中学の時は女嫌いで人を寄せ付けなかったのに何だろう。自分よりずっと社会に適応しているじゃないか、響子の気持ちはちょっと嫉妬に近い。
「何か 悔しい」
響子が口に出すと 大地はへらっと笑った。
「クソ親父と身勝手母のの子でも、案外いいオトナに育つもんでしょ。どんな子供だって自分で明るい未来を作ることができるとオレは思う。だからさ…」
気が付くと目的の病院の前だ。大地はブロックから飛び降りて、くるりと響子の前に向いて立ち、続けて言った。
「産んでくれた親に感謝してもいいかなと思ってる」

「なあ、サンタさんっていつまで信じた?」
自分の言葉に照れたのか大地は突然大股で数歩先に行き、背中を見せたまま話題を変えた。門をくぐり、病院の建物には入らないで大地は駐車場の先へ行く。
「何で急に サンタ?」
響子の父は教育熱心で厳しくて 物事を現実的にしか考えない人だった。幼稚園の頃まで母が微妙にサンタの演出をしていたが 随分早い時点で「サンタはいなくて親がプレゼントをくれるのだ」ということを響子は知らされた。「当たり前だ。物を貰っておいて親に感謝しないでどうするんだ」礼を言わないと父親が酷く機嫌をそこね、クリスマスはいつも困惑と緊張に包まれてちっとも楽しくなかった。母がサンタの演出を辞めてプレゼントも用意しなくなって ほっとしたのを覚えている。
「6年の時でもサンタさん信じてる女の子いたよね、確か大地がはっきり『サンタなんかいねーよ』って言ったら泣いたっけ」
「よく覚えてんな。あの後あっちの親にえらく責められた。お宅の事情はどうでも ウチの子供の夢を壊すなんて許せんとか何とか わざわざ親父にも言いに来た」
「事情って、そんな」
「母親が出て行くようないい加減な家だから どうせ愛も夢も持ち合わせてないんだろうって、そんな言い方だったみたいでさ。」
「酷い。イルミネーション一番奇麗だったじゃない、大地んち。皆知ってたよ」
「母親が居た時までだけどね。あの人イベント大好きだったから、結構毎年盛り上がってたんだけどな」
返す言葉もなく大地の背中を見ていると 大地は立ち止まり、振りかえって続けた。
「多少傷ついたとかがっかりしたとかあったって 子供は現実と折り合ってちゃんと生きてくんだ。大人がそんなに心配しなくてもさ」

「あ、こんにちは。今日はすみません」
病院の中庭で待っていてくれた年配の看護師さんは神崎さんを担当していたという。「個人情報は教えないわよ」と先にきっぱり言ったものの 無言電話の話を大地が隠さず言うと膝を乗り出し心配そうに聞いてくれた。
「仲の良いご家族だったわ。残念だった、本当に。お見舞いはね、神崎さんが断っていたみたいで人の出入りは少なかった」
「断ってたんですか?」大地が言うと
「弱っているところなんか見せられませんからね、って言うの、神崎さん」
そうか、強い人だったからなぁ、心配かけるの嫌だったんだろうな、大地が答える。12月に入って外はさすがに寒く、親切な看護師さんは白衣の上に羽織ったジャンパーの前をきゅっと合わせた。
「あ、一人だけ、思い出した。えっと何て言ったかな、細い小柄な男の子。後輩の…パシ?ハシ何とか君。時々来て何かさせて下さいって ナースの仕事まで手伝おうとする子がいた」
ハシ何とか君、と聞いて大地は少し考えた後、おっ、と小さな声をあげた。
「えっと、それっもしかして『橋村』じゃないですか?『パシリ』のハシムラ?」
橋村は響子たちの学年だったが 真面目に登校していなかったと聞く。あまり学校で見かけたことが無い。背の小さい華奢な子で、細い目で鉤鼻のとっつき難そうな顔だったことを覚えている。二人とも彼と同じクラスになったことは無いけれど 響子が何かの当番で重い荷物を抱えていたら 無言のまま手伝ってくれたことがある。大地とは別に、橋村も神崎さんの後をついて回っていたことを響子も思い出した。帰り道大地は足元を見たままずっと黙って歩いている。小さな声で「橋村かぁ。なるほどパッシーね、パッシー」と何回か呟いた。

その後、橋村にすぐ会えたわけではない。神崎さんの友人をもう一度当たり、橋村について聞いて回った。皆の反応の薄さに橋村の悲しい存在感がよく解る。橋村だけが神崎さんの見舞いに行っていたことを言うと一人の先輩が悔しそうに言った。
「他の患者さんに迷惑が掛る、お前ら来たら騒がしいからって 神崎さんに断られてたからな。まさか亡くなるほど悪いなんて知らなかった」。他の先輩は「奥さん、俺らのこと苦手みたいだったからなぁ」会えば愛想良くしてくれたけれど…と言い、力になれるもんなら何でもするんだけど、なんせお嬢様育ちでオレなんか近寄るの申し訳ないっつーか、と苦笑してみせた。その中で一人の先輩が橋村の特徴を覚えていたのだ。
「パッシー?あの緊張すると喋れなくなって しゃっくりする変なヤツ?」
大地の表情がぱっと変わった。ビンゴ。一緒に来た響子を振り向いて見る。
「これは絶対あいつに会わないとな」


橋村探しは結構難航しているようで、大地からの連絡がなかなか来なかった。その間何回か響子は葉月さんと会っている。時折定時の電話はあるようだったが、大地に、橋村の話を葉月さんにするのはちょっと待つように言われていたので その話は避けた。葉月さんと橋村君が病院で何度も会っているのなら、彼の無口なことやしゃっくりの癖も知っているのかもしれない。直接聞いて確かめたい気がしたが 取りあえず大地の判断を待つことにした。

「先に昴に会う」
大地が小学校の帰り道で昴を待つからと言って、響子は呼び出された。「俺一人で行ったら本当に不審者じゃん」
確かに大地だけじゃ 通報されてもおかしくない。昴が友達と別れてひとりになってから声を掛けた。
「あ、お仕事のおねえさん」昴がすぐ気が付いてくれた。
「こんにちは。こちらは島崎大地くん。お父さんの知り合い」
「ふうん」
昴は大地を見上げてしげしげと眺めた。「あんまり強そうじゃないね」
葉月さんが居る時と少し様子が違う。外ではわざと突っ張って大人ぶっているのか、逆に母親の前で幼さを演じているのか どっちだろう。
「ふうん、そんなに純粋そうじゃねぇな」
大地が言い返す。小学生相手にムキになっている。野瀬君の家で見せた子供好きの姿はどこにいったんだ、大地なんかと来るんじゃなかった。響子は激しく後悔した。
「昴くん 怖がってるじゃないの、ごめんね、このおじちゃん 怖くて」
けれど唇を尖らせぐいっと顔を上げて大地を見据える昴の顔は もう立派に響子の知っている「神崎さん」の子供だ。
「何か 用?」

「ま 色々話してみたいこともあったりするんだけどさ」
「そう?こっちは別に話すことなんかないけど。嫌なこと言うなら、叫んでケーサツ呼ぶから」
可愛くねーガキ。そう呟きながら 大地はくすっと笑う。言葉とは反対に何だか嬉しそうだ。笑われたのが気に障ったのか昴は上目づかいで唇を噛んだ。
「昴君はさぁ、サンタさんっていると思ってる?」
急にサンタの話をされて 昴も戸惑いを隠せない。
「そろそろ学校でも『いる派』と『いない派』に分かれて言い合いとかするんじゃね?今の時期」
昴は話の意図が解らないというように じっと大地の顔を見ていたが ふんっと鼻で笑い
「よそのことは知らないけど、うちのサンタは父ちゃんだった。わかってるって言わない方がママが喜ぶから言わなかった。でも もう来ない」
「昴くん…」
大地の顔を見据えたまま目を逸らさない昴を見ていると、いたたまれない気持ちになる。
「父ちゃんは、もう、いないから?」
大地の言葉は容赦なく続く。昴は表情を崩さない。響子は息をのむ。
「じゃあ 『父ちゃんからの電話』っていうのはどう?」
言い方こそ柔らかく静かだったが 大地のあまりのストレートさに響子は止める言葉も発せずに固まった。
「それだって 相手がいつまでも続けてくれるとは思ってないんだろ」
「ちょっと 大地!いい加減に…」
何とか割って入って空気を和らげようとするが何を言えばいいのか解らない。ぐっと下ろした両手のこぶしを握りしめ昴は俯いたまま唇をかみしめている。
長い沈黙の後 かくんと昴は首をたれ、絞り出すように声を出した。
「…ママが、嬉しそうだったから」
「最初の電話はいつもの時間じゃなかったけど…ママがあわてて出て 父ちゃんの名前を呼んだ。先に呼んだのは ぼくじゃない、ママだ。」
地面を見つめるその横顔は真剣で、これがきっと昴の本音だろうと響子は思う。突っ張って大人ぶってもいない、幼さを装っているわけでもない。
「父ちゃんじゃないってわかった後すごくさびしそうだった。父ちゃんが死んで いつもの時間に電話がかってこないことを気にして ママはいつもつらそうな顔でこっち見てた」
「ママを悲しませない、一人でがんばってしまうママのことだ、心配して助けてくれる人がいたら まよわずたよれ、それが父ちゃんとの男の約束だから。」
顔を上げて言う昴のその目から、必死でこらえていた涙がぽろりと零れおちた。



「子供って大変なんだよなぁ」
スマホの画面いっぱいに映し出される息子の笑顔を眺めながら、野瀬君はため息をついた。
今日は野瀬君を含め大地と三人。もうすぐ探し当てた「パッシー」の家だ。
「大地に話させたらいきなり何を言うか心配だもん」
昴と会った日の経験からの響子の意見だ。あの日は結局泣きながら突進してきた昴を大地が抱きとめた形で慰めた。慰めたという言い方が正しいかどうか解らないが ひとしきり泣いた昴が鼻水をわざと大地のトレーナーで拭き、「汚ねぇっ」と言いながらぽかりと頭をはたく大地と「ぎゃくたい ぎゃくたい」とふざけて騒ぐ昴の姿を 帰って来た葉月さんに見られたという結末だった。
狭い路地を入ると小汚い小さなアパートがある。メモを確かめながら大地がチャイムを押した。
「誰?」
「こんにちわぁ、ちょっと早いサンタクロースでぇす。じゃなくて俺、島崎、島崎大地。って言っても覚えてるかなぁ」
ちょっと歪んだカメラ付きのインターホンは本人が付けたのだろうか、応答した橋村に、大地は覗き込むように顔を突き出して見せる。
少し置いてドアがゆっくり開き 不審げな表情をした橋村が顔を出した。
「おー懐かしいなぁ、パッシー、コイツは覚えてる?高岡」
急に話を振られ、響子も慌てて会釈する。「あ、コイツはおまけ。高校の同級生」野瀬君は「おまけ」らしい。
「何の用?今ちょっと…」
橋村は手にしたスマホをちらと見る。時間はもうすぐ例の電話の時間だ。
「もうすぐ神崎さんちの昴くんにお電話掛ける時間?」
橋村はぎょっとした顔で大地を見る。ひっく、小さなしゃっくりが橋村の喉あたりから聞こえた気がした。
「今日は無言電話はお休みして 俺らとお話しない?」
真っ赤になった橋村はいきなりドアを閉めようとしたが 大地は先に足先を挟み、橋村の手首を掴んで言った。
「安心して。高岡は人の打ち明け話聞くの『プロ』なんだけど、今日は特別無料にしておくから」

質問を続ける大地に、橋村は観念したかのように項垂れて、ドアを開けたまま「ちょっと待ってて」と言って奥に戻った。
戻って来た橋村が 抱えているのはクリスマスカラーの封筒の束だった。無言のまま差し出すのを玄関先で3人は受け取って見る。
「クリスマスカード? 昴くん宛じゃない」
押し黙ったままの橋村はこくんと首を縦に振る。
「14通あるね」野瀬君が続ける。
裏を返すと 1通だけ「サンタさんより」と書かれているが そのほかは差出人の名が無い。
「こ、今年から…届けて、欲しいって、か、神崎さんに…頼まれた」
振りしぼるようにかすれた声で、橋村はやっと声にして言った。
「これ 全部神崎さんが用意したわけ?昴が大人になるまでってことか」
次のクリスマスに自分はもういない、サンタさんになれないと神崎さんは橋村に言い、封筒の束を託したという。
「渡し方も全て任せるって神崎さんは言ったんだけど…判断なんてオレできないし。やっぱり相談しといた方が…いいかと思って」
「神崎さんのうちに電話を掛けたの?」
「いきなり お…お…お…奥さんが出て」
「当たり前だろ、奥さんに相談するつもりだったんじゃないの?昴はサンタさん信じてるわけだし 一応」
その日は結局一言も喋れず切ってしまい、次に掛けたのがこの時間帯だったと橋村は消え入りそうな声で言う。
何でこのタイミングに掛けたのか、と聞く大地に 神崎さんがいつも昴に電話をする時の話を聞いていて つい…と橋村は身体をすぼめて俯いた。
「か…神崎さんのふりなんか、すっ…するつもりじゃなかったんだ。ただ、神崎さんの息子さんが電話を楽しみに待ってたんだって思って…」
何か励ましてあげたかった でも、結局何を言ってあげればいいか解らないまま…と橋村が言うと大地が続けた。
「で、昴の小芝居に付き合わされたわけだ」
小柄な橋村が更に身を小さくしてこくんと肯いた。

「橋村さぁ、橋村のしゃっくりって 葉月さんや昴に聞かせたことあった?」
クリスマスカードの束をまとめながら思い出したように大地が聞くと「まさか とんでもない」と言いたげに橋村は大きく首を横に振った。
「そんな…み、見舞いだって お、お、奥さんとは い、一緒にならないようにしてた。しゃっくりどころか…」
「皆揃って 何でそんなに 避けるかなぁ」
「も…元々 住む世界が違う人だし、口なんかきける感じじゃないし…」「何か…オレたち、まとめて怖、怖がられてるって感じだったし」
焦った表情のまま 橋村はそんな風に勢い込んで 子供の言い訳みたいに並べ立てた。
吟味するかのように顎に指を当て橋村の「子供の言い訳」を大地は黙って聞いていたが 少し間をおくと納得したというようにふわっと笑って大地は橋村に言った。
「なるほどね。でも話題くらいにはしてたかもな。焦るとしゃっくりするけど 凄く信頼できるいい奴がいる、とかさ」
大地の言葉を聞くと橋村は吃驚するくらい一気に顔を赤くし、泣き出しそうな表情で小さく震えた。橋村の感激する様子を見て、言った大地が慌てたくらいだ。


25日クリスマスには神崎家に集まった。
野瀬君と早苗さんは息子を連れて、大地と響子もそれぞれ時間の都合をつけて 神崎家に向かった。大地もレンタルサンタの仕事がいくつか入って来て ぼつぼつではあるけれど忙しくなって来たらしい。期待していた「クリスマス限定レンタル彼氏」の依頼は来なかったそうだ。
写真立ての神埼さんの前にはケーキとキャンドル、小さなツリーが飾られている。葉月さんのセレクトらしく、うかれ気分の街のクリスマスソングとは違った静かな聖歌のCDが流れていた。荘厳なBGMに、一同が一瞬気を引き締める。
昴はといえば小生意気な様子と無邪気な様子を織り交ぜた きっと一番自然な「昴」で迎えてくれた。テーブルの準備を手伝う早苗と響子の後で 大地と早速プロレスごっこを始めている。さっきの厳粛な気分はもうどこかへ行ったみたいだ。
昴がプロレスの技を掛けながら大地に言う。
「天国の電話はさ、おひとりさま何回までって決まってるから、もう終わりなんだって」
「最近電話無いの?それはお母さんから?」聞き流すこともできず、響子が振りかえって聞くと
「オレが父ちゃんにちょくせつ聞いたの。前にかってきた電話で」
昴はわざとらしく皆が聞こえるような大きな声で言い、気を取られて倒された大地の耳元で小さく囁いた。
「しゃっくりするサンタに会って、一緒に考えて、そういうことに決めた」

「昨日、サンタさんが昴にクリスマスカードをくれたの。筆跡見てそれは吃驚しちゃったわ」
お腹いっぱいになって遊び疲れた子供たちが寝静まると、葉月さんが昨夜のことを話し始めた。
昨日のイヴの夜 玄関ドアのポストがカタンと音をたてたのに昴が気付いた。クリスマスカードが差し込まれているのを見て葉月さんがドアの外を見ると 小柄なサンタがドアの前に立っていて、声を掛けたら慌てて逃げようとしたという。
「小柄なサンタ、ですか?」
響子が聞くと
「それって目が細くて鉤鼻で背の低い貧相な…」
野瀬君が言い掛けて、大地に足で蹴られる。
「だけど昴が追い掛けて声を掛けてたみたい。後でサンタさん、戻って来てね、昴には内緒でって、これを私にくれたの」
葉月さんは残り13通のクリスマスカードの束と、添えられた汚い字の手紙を響子に差し出した。
─これ全部 どうやって昴くんに渡すのかは 神崎さんに任されました。けど、この束を見てうれしいのは奥さんだと思うから 毎年1通ずつじゃなくて 今日まとめて渡します。来年からの分は『サンタさんからのカード』じゃなく『父ちゃんからの手紙』だそうです。こんなサンタでも良かったらいつでも来ます。メリークリスマス。
「サンタさん もしかして、しゃっくりしてました?」
「そうね、していたかもしれないわね」
葉月さんはくすくすと笑った。そして驚いたことに、そのサンタとは別にもこの数日間、次々と「サンタ」や「トナカイ」や、何だか良く解らないが精一杯「フレンドリーで明るい雰囲気」を演出した人たちが昴にプレゼントを持ってやって来て、神崎さんの写真に線香をあげて帰って行くそうだ。

「周りの方たちからもこんなに大切に思われて。ご主人の人徳ですよねぇ これって」後片付けを手伝いながら早苗がうっとりした顔で言い、
「皆さん ちっとも怖くなんかなかったですよ、優しい人ばっかりで…」
ワインの酔いも加わって 響子はつい口にしてしまい、神崎さんの友人たちのところを内緒で回ったことをばらしそうになった。慌てて大地と野瀬君の様子をちらりと窺うと もうすっかり寛いで子供たちの傍でごろごろしている。
「あら 響子ちゃんだって いいお友達に恵まれてるじゃない、羨ましいわ、色々これからみたいだし」
「え、これからって 何がですか」
ふふ と葉月さんは意味深に笑って大地を目で示す。さっきまでいい調子で起きていたのに、気が付けば大地は昴と寄り添って子供みたいに眠りこけている。
「いい感じなんじゃないの?彼と」
「あ、私もそう思う」
早苗まで 嬉しげに同意する。
「だっ 大地ですか、まさかそんな、アイツは えっと その…」
片付けかけた皿をまた広げ、集め直し、フォークをつかみ損ねてばらばらと落とし 拾おうとしてテーブルの角で足を打つ。
「やだ、響子ちゃん 大丈夫?」葉月さんが叫ぶ。早苗も笑う。
葉月さんが心から笑っているなら いいや、じんじん痛むすねをさすりながら響子も涙目で笑った。

無防備過ぎる大地の寝顔を見ながら 去年も一緒にクリスマスを過ごしたはずなのになと思う。
酔っているせいなのか、あれこれ思いだすと何だか今度は急に悲しくなってきそうだから、これ以上考えるのはやめておこう。響子は頭をふるふると振った。
「メリークリスマス」と大地の耳元でで響子が小さく呟くと 眠った様子のままの大地が「ホッホホー」と続けた。

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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

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喜びます。

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