STAND BY ME

生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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天使が降りる場所 Pandora(パンドーラ)3


何だか色々リアルで大変でして。こういう時だからこそ何を書こうか考えている時と書きすすめている時の幸せな感じが有難かったです。後日譚とか、謎解き的な部分が必要かなと迷いましたが 今回はこんな感じにさせてもらいます。




睡眠不足で脳の処理速度が著しく落ちている。橋村は大地からのメールの指示の内容をぼんやり見つめたまま深いため息をついた。もうすぐ指定の場所につく。

高岡響子に横で朗読させるといい感じで眠気が訪れてそのまま朝までぐっすり眠れ、すっきりと起きることができると島崎大地は言うけれど、とんでもない、彼は全然眠ることができない。あんまりいつまでも起きていると響子が迷惑すると思い、橋村は身体を硬くしてずっと眠ったふりをしている。そのうち響子の声は途切れがちになり、「大地、もう寝たよね」なんてとぼけた声掛けをして その後は彼女もスコンと眠ってしまっている。そうなったら大地だけでなく響子もまた朝まで全く起きる様子は無く、鼻をつまんでも多少足蹴にしても起きそうにない。羨ましいことだ。

ソファに眠る響子を起さないように橋村はそっと横を通り水を飲みに行く。よくこんな男二人の部屋で眠れるよなぁ、と、無防備なその寝顔を見ていると一瞬 覆いかぶさって唇をうばう…というありえない妄想が脳裏に浮かんだ。それからなのだ。響子がいなくても眠れない、だけどいてもますます眠れない。困ったことになった。

ぼつぼつ依頼が来出した大地の「人材派遣の仕事」は 犬の散歩やえさやり、年寄りの病院の付き添いや送迎、引きこもり男のドア越しの話し相手、買い物代行、披露宴の頭数合わせといったところだ。そこそこヒマそうな知り合いを幾人かスタッフに確保してはいると聞いたものの、大地以外がやっているのを見たことがない。スケジュールが被ったとかで、橋村に回ってきたのは今のところ溝掃除と燃える粗大ゴミに出す家具の解体だけだ。響子は大地の幼馴染で「愚痴聞き電話サービス」の仕事をしているがお互い困った時は利用、いや、頼りにできる存在のようだ。恋愛感情については、疎い橋村にはよく解らない。

眠れないなら一緒にいなければいいと思われるかも知れない。もちろん橋村にも少し前までは一人で住まう部屋だってあった。が、大家がボロアパートをついにマンションに建て替えるので立ち退かされたのだ。家賃を滞納し、立ち退きを渋って粘り倒した彼に 最終の選択権は無かった。そんなタイミングで 年末以来会ってない大地が いきなりバイトの話を持ってやって来た。橋村だってその時は一瞬「幸運」だと思ったのだ。引っ越し先も決まらないまま、僅かな「ゴミ以外のもの」を段ボールに仕分ける作業をしていたところだった。
「あれぇ、パッシーお片づけしてる。え?引っ越し?どこ行くの?」
大地の興味本位丸出しの立て続けの質問に しぶしぶ答えていく内に「バイト」を引き受ける条件で、大地の部屋に当分居候することになったのだった。


今回の仕事の内容について聞いた時 橋村は愕然とした。世の中やっぱり甘い話ばかりじゃ無い。にしても一体コイツの頭ん中はどうなってるんだ。
「じょ…女性と会うって?そっ、そんなの俺に出来る仕事内容じゃないことくらい…おっ、お前にも解ってるはず…」
焦ると癖でしゃっくりが出る、短い言葉だって声に出すのは必至の努力が要る。解っているくせに大地はにやにや笑うだけだ。
「駅前の噴水の前で『彼女』が待ってるから。目印は詩集と白い帽子だそうだ。傍に行って声を掛ければ後は、まあ、お任せだそうだ」
「シシュー」と言われてもすぐに意味が解らない。白い帽子ってどんな?「彼女」「彼女」という言葉が橋村の頭の中でひらひら舞う。実はこの歳まで女と付き合ったことも無い。つり目鉤鼻のこの顔が怖いと、好きだった女の子に言われたガキの頃から こっちから女子なんて関わるのはごめんだと避けてきた。純真だった橋村の心は随分傷ついたものだ。
「パッシー君、これは君にぴったりの仕事だ。ぜひともがんばってくれたまえ」
「い・・意味わかんねぇ」

色々な理由を付け続け、ろくな服も持っていないと言ったら翌日、響子が大地に頼まれたと言って訪ねて来て 橋村は買い物に連れだされた。
「橋村君、引き受けたんだ、その仕事」
中学の頃しか知らないが この子は昔はもっとおどおどした感じの女の子だった気がする。友達になることもおろか二人で買い物なんてあの頃からは想像もつかない。響子もまた、何だか落ち着かない様子できょろきょろしたり、何にもないところで躓きかけたりする。人付きあいが下手で、不器用で、損な役割を押しつけられてはいつも困っているような彼女に対し、密かにどこか近いものを感じていたのを思い出した。
響子がその仕事について何か知っているのかと思ったが、橋村が大地から貰った情報以上のものは全く出てこない。案外大地も口が堅いのかもしれない。そう思うとそれ以上話題にすることもできず、黙々と買い物を済ませてその日は終わった。考えてみればこれも予行演習的な意味合いだったのかもしれない。「女性と会う」なんてやっぱ無理だ、その確認ができただけだった。胃がしくしくと痛む。

翌日、橋村は響子に選んで貰った柔らかな素材のブルーのジャケット、VネックのTシャツに 履きなれない細い綿のパンツで待ち合わせ場所に向かった。服装のせいか他人の視線が違うように感じる。真面目な職に就いた結構感じの良い人に見えていそうな気がする。いやいや、そんなに人の印象なんて変わるもんじゃない。ふんっ、わざといつものようにポケットに手を突っ込み下から睨みつけるような眼をして周りを見渡した。どちらにせよ貧相な体格の自分じゃ、たいした迫力もないことは残念ながら知っている。噴水の前、白い帽子の女性が俯きがちに立っている。つばの大きい帽子で顔は見えない。小柄で華奢なひとだ。大きく息を吸い、橋村は一歩踏み出した。


先に、依頼内容メモとして橋村に送られてきた大地からのメールは何度も何度も繰り返し読んだ。
「会うのは「イシノ」という既婚者の女性だ。結婚前に幾度となく手紙をくれた男に会うことにしたというので、その場に行って一緒にいてやって欲しい」という、かなり漠然としたものだった。
「何だか その相手が毎日ずっと待ち続けているらしい」。
面倒そうだ。その上どう考えても俺向きじゃない。お願いだから他の仕事と交代して欲しい。手元のメールの画面を開けたまま 大地に詰め寄った。
「俺は別の仕事が入ってて無理。パッシーなら出来る、絶対出来る仕事だから」
鼻歌まじりでカップ麺にお湯を注ぎながら大地は言う。フタをした容器に大地が載せた箸を、橋村は素早く取りあげた。
「どうして『俺なら出来る』かちゃんと説明しろ。3分経っても内容が解らなきゃ食わせない」
「えーっ、やだ、絶対嫌だ。麺が延びる」
橋村から箸を奪い返し大地ぶしぶ話を続けた。
「依頼はメールで来たので今のところ文面以上の情報は無い。結果がどうなっても報酬は定額で振りこんでくれるそうだ」
「何だそれ。一体誰からの依頼なんだよ、結果がどうなっても、ってどういうことだ?」
何だか嫌な予感がする。
「その男に会ったらややこしくなる?…そいつが来続けてるってのは確かなのか?ストーカー的な危ないヤツってこと?」
「そこはだな…。まあ、とりあえず行って、彼女に合わせて流れで相手をしてくれとのことだ」
「手紙の男ってのはどういうヤツなんだ?」
その場に立ち会うのだから、橋村もある程度事情を知っていないといけないわけだ。けれどそういう点をクリアしたところで、状況に合わせた気のきいた対応や、必要に応じた演技の出来る人間じゃないことくらい大地だって十分知っているはずだ。喧嘩だって強いとは言えない。何で俺が、またそこに疑問がぶり返す。「とりあえず」とか「相手をする」と言われてもどうしたらいいのか皆目解らない。
「そんなの、放置しときゃいい話じゃねぇの?」
既婚者のくせにそんな男と会ってどうするんだ?待たせた上にわざわざ断りに行くというなら迷惑な話だ。遊びで近づこうってのならもっと酷い話だ。
「うーん、そうなんだけどなぁ」
大地の反応がやたらまどろっこしい。


「で、結局は仕事は上手くいったの?どんな相手だった?美人?」
以前も大地について橋村のところにやって来た野瀬という男が身を乗り出して聞く。いまどきは「個人情報」だの何だのが煩いらしいのに、こんな人の沢山いるファミレスでついさっき終えたところの仕事内容を聞くなんて軽い男だ。人当たりが良さそうで世渡りも上手くやってきたって感じが鼻につく。機嫌が悪かったら喧嘩をふっかけたくなるタイプだ。大地は別の仕事を済ましてから来るとかでまだ居ない。橋村が助けを呼ぶように横に座った響子を見ると、事の成り行きを心配する母親のような目でこちらを見ている。かなりイラついたが気持ちを静めて答える。野瀬になんか最低限の情報しか与えるものかと意地にもなる。
「美人、だった、と思う。」
「何それ、はっきりしない言い方。で、何歳くらいのひと?」
「…思ったより年上…だった」
「ふうん、それで?」
「会えて嬉しかった…って」
「ありゃ、いい雰囲気になったわけだ」
「そんなんじゃない」
橋村はぼそりと呟いた。
「もともとあの人は、そんなつもりで会いにいったんじゃなかったんだ」
「そうだったの…。じゃあ、ちゃんと引きさがったんだ、その相手のひと」

ひと波乱なかったことを知り野瀬は明らか残念そうな顔をする。ひと波乱なんてあるわけがない。
引きさがるも何も、その『相手』、っていうのが俺だってことになって…
橋村は本来の口下手に加え 入り組んだ状況を上手く説明しきれないもどかしさに頭を抱える。



緊張で大汗をかいた橋村がおずおずと近づき、声を掛けようとしたのとほぼ同時に、その「彼女」の身体がくらりと揺れた。倒れる、橋村は慌てて手を伸ばした。間に合ってその手で支えられたのはいいが、橋村は焦ると出る例の癖、しゃっくりが止まらない。「大丈夫ですか」の言葉も上手く言えないまま、相手を支えたままゆっくり噴水の脇に座らせた。
「助けて頂いてありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
消え入りそうな声で相手は傍に立つ橋村を見上げた。


こういうことをどうしてあいつは先に言わないのだ、橋村は彼女の細い腕を取りながら心で舌打ちをする。イシノという「彼女」は思ったより、というより想像の倍以上のお歳のように見える。名字だと思っていたが、名前が「イシノさん」なのかもしれない。母が仕事で忙しく、橋村はいわゆる「婆ちゃんっ子」だったから年寄りが苦手ということは無い。むしろ若い女性より得意と言ったほうが正しいかもしれない。だけど、だ。
「すみません、あなたがあの…」
はっとしたような表情をした後、その「老婦人」は橋村の顔をじっと見つめた。意外なほど強い瞳に見上げられ、咄嗟に「立会を依頼されて派遣された者ですが」という答えさえ出ない。どういう関係として「立ち会う」のかと聞くと、大地は「相手に合わせて適当に」と言った。依頼人がそうメールに書いてきたそうだ。なんといい加減な、と橋村は思う。どう答えたらいいのか解らない。年齢には不似合いかもしれないが、白いつば広の帽子と大きなフリルのついたブラウス、花柄のふわっと広がったスカートが何となく彼女の雰囲気に合っているともいえる。恥じらうような仕草は、可愛いと言ってもいいかもしれない。だがその後続けて老婦人が発した言葉は意外なものだった。
「貴方が…あのお手紙を下さった方なんですね。」
「あ?えええっ?」
整理しきれない。頭がパンクしそうだった。もともと寝不足でぼおっとしていた上にこの状況だ。
「ごめんなさい、何度もお手紙頂いたのにお返事もせず…本当に待って下さっていた…申し訳ありませんでした」

深ぶかと頭を下げる彼女に何か適当な返事をしなくてはいけないと思うものの、橋村は全く言葉が見つからない。続けて相手が何か言いかけた途端、嫌な汗がこめかみを流れ、くらくらと今度は橋村の方が倒れそうになった。
「大丈夫ですか?ひどい汗」
背の低い橋村よりもっと小柄な彼女が、うんと背伸びして レースのついた白いハンカチで橋村の首筋を流れる汗を拭う。固まった橋村の様子に気が付くと 慌ててその手を引っ込めた。
「すっ、すみません。私ったら…」

*
「なるほど、ってことはちょっとボケちゃった可愛らしいおばあちゃんってことね。キミが大昔彼女に恋文を書いた相手なわけ。『逢瀬の立会い』じゃなく。」
野瀬が乗り出していた身体を戻し、椅子の背もたれに倒して伸びをする。橋村が古風な恋愛話に巻き込まれたことを楽しんでいる感じがなんともムカつく。
「ただの人違い、早とちりってこともあるけど?」
「響子ちゃん、だったら本物も現れるはずだったとか?いったい何歳の『手紙のきみ』だっていうの?」
「それは…」
決めつけるには早いんじゃ…と響子は言いかけ言い淀む。確かにそうだ。
「だから『結果に関係なく』で『とりあえず』で『相手に合わせて適当に』なんだ」
野瀬は自分の推理につじつまが合うのを確認すると実に満足そうに続けて言った。
「そうなんでしょ?橋村くん」

*
確かにただの人違いだとも思えなかった。混乱した橋村にも、この老婦人が結婚するより前という頃に恋文を送ってきた男が、未だにここで待っているとは思えない。その上会ったことがないとしても 想いを寄せられた相手が橋村だとは普通思わないはずだ。年齢が合わなさすぎる。実際、毎日こんなところに俺は来てないし。
だがこの事態をどのように切り抜けるべきなのかさっぱり解らない。大地にハメられた、くっそ、あいつただじゃおかねぇ。心の中で毒づきながら 無理やり微笑みらしいものを作って 心配顔で差し出されるレースのハンカチを受け取った。

携帯の着信音。大地からだ。
「すみません、ちょっと…」
今猛烈に恨んだ相手だが 今一番声を聞きたい相手でもある。「ちょっとだけ、すみません」と老婦人にもう一度会釈して、少し離れたところで電話に出た。
「おいっ、どうなってんだ?これからどうすんだ?ってか、お前今どこだ?」
大地がどこか近くで様子を見ているらしい、ということが解り、更に頭に血が上る。間延びした声で「まあ 落ち付けったら」と言われてもムカつくだけだ。
「そのまま、彼女の好きなようにしてくれ。事情はまた後で話す」
「すっ、好きなようにって」
「大丈夫だって、お前にならできる」
しゃっくりが出て上手くしゃべれない。忌々しい自分の癖にも腹が立つ。
「彼女は親の決めた婚約者と結婚して幸せな人生を送っていたことは解っているんだ。その『未来』を頭に入れておけ グッドラック」
橋村の言葉にならない叫びもむなしく通話が切れた。
脱力して振り向くと少し不安そうに微笑む彼女が目に入った。か弱そうで儚げでひとりにしておくとまた倒れそうでほおってはおけない。年寄りだから、という以上のものを感じる自分を自分でも妙だと思う。
ええい、どうにでもなれ、そんな気持ちで彼女のもとへ戻る。彼女には「婚約者と幸せな人生を送る『未来』がある」、大地の言葉を頭で繰り返した。

近づくと彼女は目に涙をためている。小さく震える彼女の姿にドキっとした、胸が痛む。
「何度となくあなたがここにいらっしゃるのを見かけておりました」
「お待たせし続けてしまって申し訳なく思っております。もっと早く来てお話をするべきでした」
相変わらずしゃっくりが止まらない橋村をそのままに 彼女は途切れ途切れに語り出した。きっとずっと考えて考えてきたのだろう。真摯なまなざしに圧倒される。いったい何歳の設定なのかよく解らない。そんな橋村の困惑をよそに、老婦人は一人で話を続けた。

「お手紙を頂いたこと、有難うございます。嫁入り前の娘がどなたか解らない男の方とお会いするなんてと思い、そのままにしてしまいました。いいえ、ただ私に勇気がなかっただけなんです。」
無様なしゃっくりを繰り返し、はぁともへぇともつかない相槌をつく。
「その後 親の薦めるままお見合いで結婚し、穏やかで幸せな暮らしをしております。ただ…」
「た、ただ?」
「数年経って実家に置き忘れていたあのお手紙の束を兄に見つけられ、貴方が兄のお友達のおひとりだったと知りました。」
老婦人の瞳に深い悲しみの色が浮かび みるみる涙が溢れる。橋村は熱に浮かされたような気分のまま彼女から目が離せない。この人は誰と喋っているのだろう、この人の言葉を今、本当に聞いているのは俺ではなく他の「誰か」なのではないか、そんな気がした。寝不足のせいだけじゃ きっと、ない。
「戦地でお亡くなりになったのですね。私、何にも知らなくて」
そのまま泣き崩れる彼女の前で橋村はただ呆然としていた。俺は戦争で死んだのだ。死んだのだ。知っていたことのように何故か妙に納得がいく。そしてそんな自分を変だと思う自分もやはり居る。そんな奇妙な感覚の中、今まで感じたことのないような穏やかな優しいものが自分の中に満ちていくのを感じた。目の前のこの人がとてもとても大切で愛おしい。悲しくて寂しくてやりきれなくて、でも幸せだ。

「そうですか、結婚されて お幸せなんですね」
無意識に震える手が彼女に向けて差し延べられ、老婦人の痩せた両の手を握る。
「貴女がお幸せならそれで良いのです。今日はわざわざ来て下さって有難うございます。私もとても幸せです。」
使い慣れない丁寧な言葉がするすると橋村の口から零れた。


*

「結局、誰の依頼で、どういう『事情』だったんだ?」
大地は結局あの後も電話を寄こさず、今もまだ やって来ない。お礼と感謝の言葉を言い交わした後、彼女は立ち去った。すぐ近くの停留所からバスに乗るから送らなくても大丈夫だと言う。無事に帰れるのか一抹の不安も覚えたが 酷い疲労感の襲われてくらりとした後、気が付くともうバスは彼女を乗せて発車した後だった。遠ざかるバスにはここら辺りでも結構有名な、独居老人向高級介護施設のネームが入っていた。

仕事があるからと、先に響子が去ると 野瀬がおもむろに切り出した。
「大地と彼女は相変わらず?」
どういうのが「相変わらず」なのか解らないが、猛烈な眠気に襲われて 寝不足の原因を口走ってしまう。もちろんが自分が響子を襲いそうになる「妄想」だけは、かろうじて言わずに留めた。
「ストイックなとこあるからねぇ、あいつ。今度の依頼だってきっと既婚者の恋愛絡みの話だと思ったから やりたくなかったんだと思うよ」
母親が不倫の末 まだ小学生だった大地を置いて家を出た話は聞いたことがある。野瀬が感じたことも見当違いではないだろう、橋村は思う。
─響子ちゃんも、このままだと男女のこととか何にも無しでさ、気づいたら大地の子供産んでたりしてそうじゃない?、きっと彼女はマリア様なんだよな、大地のさ。
閉じそうな瞼をなんとかやっと持ち上げると へらへらと笑う野瀬の間延びした顔が見えた。もういい、目を閉じる。

馬鹿じゃねーの、こいつ。何にも無しで子供ができるなんてそんなことあるわけない。橋村はそう思いながら 今日自分に降りかかった「あるわけない」ことをぼんやりと思いだしていた。
店のBGMや女子高生のけたたましい笑い声や携帯のゲーム音までも、優しく天から降りてくる天使の子守唄のように橋村を眠りに誘う。

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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

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喜びます。

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