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生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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終点の氷細工屋

父の庭にどくだみが咲いています。鉢に移して部屋に飾っています。どくだみの咲いている通学路の小道は本当にあって、ピアニストの人が住んでいるという大きなお屋敷もありました。色々と懐かしいアイテムがちりばめてあります。


第67回 Mistery Circle お題

そのうち、外の闇の中から自分の名前が調べにのって聞こえてきた

氷のリンゴはとてもめずらしいもので、それにくらべればダイヤモンドなど浜の砂粒くらいにありふれたものだった。
お題の出典:「ゴ―スト・ドラム」 サウザンブックス社 著:スーザン・プライス 翻訳:金原瑞人 





誰かの呼ぶ声が聞こえる。寂しげな笛のような音が遠く響く。振り向いてあたりを見回しても誰もいない。細い道。辺りは真っ暗な闇だ。踏み出したらその先、足元に何も無い。不安定な姿勢になって仰向けに倒れそうになり、握りしめた大切なものが、開いてしまった手のひらから離れていく。「大切なもの」はきらりと光って一瞬空中に浮き、繁みの闇に消えた。いつもの夢だ、早く覚めなければ。
*
「遠野さん?遠野さん?大丈夫ですか?」
目を開けると こちらを覗き込む女性の輪郭が見えた。目鼻立ちはぼやけて確認することができない。ここがどこで 今がいつなのかも掴めなかった。視界が少しずつクリアになってきて、背を向けて水差しからコップに水を灌ぐ女性の姿を認める。きっと新しく来た家政婦なのだろうと思う。そうだ、この前の女が、割れると危ないからと言って食器をプラスチックのものに勝手に替えた。大嫌いなのだ、こんな安物をあてがうなんて、とコップを壁に投げつけた。クビだ、出て行けと怒鳴りつけた。それにしてもどんなに深い眠りだったのだろう、現実からずっと遠くにいて 今帰ってきた そんな感じだ。
*
あれこれ話しかけるうるさい女を振り切って散歩に出た。声は聞こえるのに何を言っているのかよく解らない。聞き返すのも面倒だし 理解したいとも特に思わない。どうせ大たいしたことではないのだ。最近身体が思うように動かない気がする。仕事で疲れているのだろうか。今までこんな感じは無かったのに、情けない。角を曲がり間違えたのだろうか、目の前の風景に違和感を覚える。見知らぬバス停が見える。この付近は長く住んでいるのだ、一筋間違えたからとて 見たこともない道なんぞにはめったに出くわすものではない。何かの勘違いだろうと 目を凝らして前を見、振り返って、来た道を確かめる。
バス停は古臭い木造で、ベンチの周囲に囲いと屋根がある。一時間に1本程度の運行を示した錆の浮いた時刻表が掲げてある。近づくと、柱の陰に隠れて見えなかったのか、小さな女の子がひとり座っていた。花の刺繍の入った丸襟の水色のワンピース、白いレースのカーディガン、白いレースのソックス。肩より短くまっすぐに切りそろえた髪は艶やかな光りの輪を描き 夕刻の茜色の空気に包まれて少女全体の輪郭が溶け込むようだ。
「すみません。今何時ですか?」
急にあちらから話しかけられて 少しうろたえる。子供と話をするなんて 何十年ぶりだろう。
腕を見たものの腕時計をしていなかった。その無意味な動作を誤魔化すために 咳払いをひとつ、
する。どこかで会ったことがあるだろうか。誰かに似ているのだろうか。初めて会った気がしないが、何も思い出せない。少女の横顔を窺っているうち ふと知っている香りがしたような気がした。草の葉の香り、花の香り…何だろう 何かひどく胸が痛いような苦しいような気持ちになる。「懐かしい」というのはこういう気持ちを言うのだろうかと柄にもなく思う。

*
──ずっと「氷細工屋さん」だったのよ、わたし。
一番後ろの長い座席に並んで腰かけていると 窓の外を眺めたまま少女は言った。
他に乗客は一人もいない。少女に付き合うつもりなんて特別になかったのだ。ただ、目の前に停まった旧式のバスは前乗りで、保護者だと思われたのか運転手に強く促され、乗る羽目になってしまった。日は暮れかけており、バスの中は薄暗くて いつになく子供を一人で放っておくことができないような気になったこともある。
「氷細工屋」という聞きなれない言葉と「だったのよ」という語尾が奇妙に聞こえたが 反対側の窓の外を眺めたまま少女の言うに任せて、黙って聞いた。
──お店を開くときは 鳥の形をした笛を吹くの。不思議な音色のね、歌のような、そうでないような、もの悲しいような。でも陰気っていうのではないの。他では聞いたことのない、遠い異国の音楽のような。お店っていってもそれは小さいものなの。だけど氷はお客様が欲しがる分だけあって切れることはない。お客様の手に渡した時、溶けているなんてことも絶対ないの。
お客様が差し出すお代金を受けとると、わたしは小さな氷の塊を取って 小刀で細工を始める。お金が多ければ大きいというものではなく、羽ひとつひとつ細かい細工の入った鳥の形だったり 薄い花びらが何枚も重なった、それは繊細な花だったりするの。それぞれのお客様に「合わせて」作るのよ。
いつも小銭を握りしめ順番を待つこどものお客様。自分のために何を作ってくれるのかって ドキドキしていることが 目の輝きから解るのよ。たまにはつんと澄ましたご婦人や難しい顔をした紳士も来るわ。たいていが「何を作ってくれるかなんて気にもしていません」っていう顔で並んでいるの。だけど「どうぞ」、と手渡した氷細工が思ったより単純な形だったり こどものお客様より「つまらない」動物だったりすると ちょっとだけ嫌な顔をして「別に期待なんてしていなかったし」「大人はこんなもの欲しがらないものだ」と、順番待ちのこどもにあげてしまったりするの。せっかく並んでいらしたのにね。お金だって払ったというのに。
*
窓の外の空の茜色が、だんだん紫色に変わってゆき 樹や家々が昔見た影絵そっくりに変わる。道は先に行くに従ってどんどん細くなり 舗装もされていない石ころだらけの田舎道に入っていった。長く走っているように思うのにバス停で停まる様子もなく、何のアナウンスもない。少女の声だけが静かな車内に緩やかに流れる川の水音のように響いていた。
──淡く色のついた氷、きれいなマーブル模様の氷もあったわ。それは美しかったのよ。
「氷細工屋さん」の話はそのまま続いていたが、ままごと以外にこの子が店を「やっていた」なんてことはあり得ないし、そんな店が実際にあるものとも素直に信じられず、とはいえ子供相手に疑問を投げかけたり嘘つき扱いをしたりするのも面倒な気がした。どうせ夢だか空想の類だろうと思いながら、相槌を打つ気にもなれず目をつぶって眠っている風にしているうち いつの間にか本当に眠ってしまったようだ。
*
「お客さん、お客さん、終点ですよ」
聞いたことのある声だ、と思った。暗いせいなのか運転手の顔が見えない。目を凝らしてもその顔だけが薄い霧でもかかったように分からないのだ。誰の声に似ているのだろうと思いながら立ち上がり、隣に座っていたはずの少女を探す。前に進み、とりあえず運賃箱にいくら入れる必要があるのかを確認しようと思うと
「もう頂いておりますよ。それより…」
運転手は先に降りた少女の方を手で示した。慌てて後を追って降りた。
「払わせてしまったのか。いくらだったかな?」とポケットを探るが財布が見当たらない。当惑していると少女はこちらを見上げて微笑み、
「このバスね、お金は要らないのよ」と言った。
こんな子供が気を遣ってくれているとも思えない。からかわれているのだろうか、古臭い物言いや物おじしない態度も子供らしくない。最初からおかしなことばかり言う子だと思っていると 少女は続けて当然のことでもあるように言った。
「懐かしむ気持ちとか 思い出そうとする気持ちでバスが動くのよ」

少女は軽い足取りで道を先に進んでいく。低い空にも星がまばらに輝き始めている。
馬鹿々々しいと少し苛立ちを感じながらも、ふと思い出したのは バスの運転手の声。あれは初めて雇った「運転手」のY、彼の声と似ていた。会社を興し軌道に乗せ落ち着くまでの数年間、毎日のように朝から愚痴を聞いてくれた。穏やかで優しいずっと年上の彼。そうだ些細なことでクビにしてしまったのだ。余計な口を出すな、何様だと思っているのだ、お前の意見なぞ求めてはいないと詰った時、向けられた寂しげな目さえ癇に障った。元には戻せない自分の言葉に、ずっと「正当な」理屈をつけて 幾度も苦い気持ちを押しやった。彼以来 運転手相手に自分の弱みを見せたり、気持ちを打ち明けるなんてことは一切しなくなった。
長く続く煉瓦塀に沿って歩き 少女が立ち止まったのは大きな屋敷の門の前だった。
「ここよ、覚えてる?」
後ろ姿を見せたまま少女は言う。暗闇の中で目を凝らす。古い記憶の中の道と確かに似ている気はするが それはこんな細い田舎道だったろうか。煉瓦の塀はこんなに低かっただろうか。大きな門のある家、道の反対側は暗い繁みになっていてその向こうはきっと…小さな川が流れている。
「貴方はこの繁みが怖かったのよね?だからいつも小走りで通っていたわ」
くすくす笑いながら少女は言う。しかし、あれは私が小学生の頃のことだ。
だんだんと思い出していたのだ。一人きりの通学路。道端のどくだみの香り。擦り切れた靴が水たまりで濡れ、ぬかるみでドロドロになって泣きそうになったこと。おさがりのランドセル。この道は大嫌いだった。何よりも、そうだ何よりもこの屋敷。大きくて威圧的でちっぽけな自分をせせら笑うような大きな門扉。
一体 この子供は私の何を知っているというのだ?誰かから聞いたこと以外考えられないのに、まるで自分自身が知り合いでもあるかのように すらすらと平気な顔をして言う。今日会ったばかりの子供にこんな風に接せられ、気持ちをかき回されて納得がいくわけがない。相手が私の何を知っているにしてもこんな近づき方は失礼ではないか。
「わたし、氷細工屋さんだったのよ」
私の憮然とした表情にも気づかないのか、また 少女は同じ言葉を繰り返す。待っていて、と言って、躊躇することも無く少女は重そうなその門を押し開け、ひとり中に入っていった。この家の子供だったのか、この年頃ならあの頃の家の住人の孫か、いや、ひ孫の代にでもあたるだろうか。
窓に順々に灯りがともる。暗がりでシルエットしかわからず 冷たくて重苦しいだけだった建物が 柔らかな光に包まれた。まるで死んでいた家が息を吹き返したかのようだ。

カタンと音がした方を見ると塀のすぐ近くの硝子窓が開き、少女が少し身を乗り出した格好でこちらを見下ろした。
「ね、ここなの、『お客様』。思い出してくれた?」
まぶしい部屋の灯りに目を細める。窓越しに見える天井のシャンデリア、窓の傍は飾り棚にでもなっているのだろうか、動物や果物を象ったたくさんの小さな硝子の置物が光を放っている。
少女がこちらに乗り出し 白くて細い腕をいっぱいに伸ばして 何かを差し出した。
「危ない」
乗り出す姿が不安定で頼りなくて、こちらに向かって落ちてくるのではないかと思った。咄嗟に手を差し伸べる。同じようなことがかつてあったのだ。あの時もその「少女」は窓を開け 子供の私を「お客様」と呼んだ。記憶がよみがえる。何故忘れたままでいられたのだろう。
差し伸べた手に 透明な丸いものが乗せられた。何だろう、握った手のひらの感覚を知っているように思う。そっと掌を開いて見るとそれは小さな林檎の形をしていた。
「お客様、その氷細工はとても珍しいんですよ。そしてどんな他の氷細工より素晴らしいの」
渡された「氷細工の林檎」を眺める。窓を飾るクリスタルと異なり、それは子供の小物玩具の入れ物のようなプラスチック製の容器だった。そしてその感触と軽さは私に痛い過去を思い出させた。
「嬉しかったの。本当は『氷細工屋さん』のお客様になってくれる人なんかいなくて、ずっと一人で
道を行く人を相手に 勝手に空想していたの」
思い出の中のあの子が言っているのか 今そこにいる少女が言っているのか、もうが区別もつかない。聞きたいことはたくさんあって、言わねばならないこともたくさんあるような気がした。
窓の奥に少女の影を認めたこともあった。話をしたことは無かったはずだ。暗い道は怖かったし 見上げるには眩しすぎるその窓を、なるべく見ないふりをして駆け抜けた。その日立ち止まったのは 先に窓が開き、笛の音とその子の声が聞こえたからだ。自分に向かって「お客様」と呼びかけたように思ったが きっと聞き違いだと思い直した時、窓から彼女が身を乗り出した。か細い手が何かきらきら光るものを自分に向かって差し出した。
お互いがまだ小さくて、手が届きそうで届かなかった上、一瞬のためらいのせいだったろう。少女の手から離れたその繊細な形の光るものは、自分の手をすり抜け、零れ落ちるように煉瓦と壁の隙間に落ちて行った。美しい硝子の白鳥が輝きながら羽を広げて飛んだように思った。

逃げてしまった自分。あれから首の折れた硝子の白鳥ばかりが目に浮かんだ。あの子が勝手に窓から落としたのだ、自分は関係ない、という言い訳を何度も頭の中で繰り返した。けれどずっと気になって街のショーウィンドウで似たものを探したが、持ち合わせの小銭で買えるようなものではなかった。塀のあたりを探してみた。折れた白鳥の首どころか何も見つけられはしなかった。

「どうして これが『珍しい宝物』なんだ」ちっぽけで子供だましのこんなものが。
「探してくれたのでしょう?その間 ずっと『私』のことも考えていてくれた」
プラスチックの林檎の形のカプセルには虹色に光るビーズが入っていた。店で見つけた時はとても美しく見えたのだ。小遣いをはたいて買い、息をはずませて屋敷の前まで行った。
「ちゃんと『私』に届いたのよ。同じくらいの歳の子に贈り物をもらったのなんて初めてだった。『友達』からもらった素晴らしい思い出の品。何よりも貴重な宝物なのよ。ダイヤモンドなんかよりきっと、ずっと」

あの時、門の前まで行ったものの、どうしたらいいのか、大人が出てきたらどこからどういう風に説明したらいいのか解らなかった。立ち尽くしていたら屋敷の大きな玄関扉が開き、黒い服の大人が大勢 俯きがちに出てくるのが見えた。探しても女の子の姿は見つからない。女のひとが声を上げて泣いていた。肩を抱き合う人、ハンカチで顔を覆う人もいた。小さな棺が運び出されるのが見えた。ただならぬ雰囲気に声をかけることもできず迷った末、あの窓の外、塀の一番近いところにそっと置いた、何かメッセージでも入れようかと思ってランドセルを下ろし、ノートのページを破ってみたものの何を書けばいいのか解らず諦めた。また会いに来よう。今度会えたら話しかけてみよう。そう思った。しかし何度傍を通っても窓は開く様子は無く、あの屋敷に灯りが灯るのを見ることはなかった。

*
気づくと天井が目に入る。ゆっくり視線を周囲に動かすと見慣れた自分の部屋だった。重厚さと高級感ばかりを基準にして選んだすべての家具には何の愛着も無い。楽しい思い出もこれといって無い一人暮らしのこの部屋には 少しの親しみも感じなかった。
サイドボードに買った覚えのない小さな一輪挿しが置かれていた。どくだみの花が1本挿してある。
「雑草は残すなっていうのがご主人の言いつけだからって、庭掃除の人が草も花もすっかり抜いてしまって、あんまり可哀そうだったので。よく見れば可愛い花だと思いませんか?匂いが臭いって嫌う人もいるみたいですがね。せんじ薬にもなるんですよ。」
声のする方を見ると、私がプラスチックのコップを投げつけた、あの家政婦だった。
「とっくに辞めたのかと思った。えっと…」
名前を思い出しあぐねていると 気を悪くした様子も無く自分の名前を告げ、楽しいことを話すように目を細め、えくぼを見せて言った。
「あんなぐらいでお暇を頂いていたらヘルパーは務まりません。もちろん交代をご希望で派遣先にお申し出を頂いたら別ですがね」
手伝ってもらって身体を起こし、先ほどまで見ていた「夢」を思い出す。どこからどこまでが夢だったのかもはっきりしない。まだ頭はぼんやりしていた。ベッドサイドのテーブルの上、小さな林檎の形の小物入れが目に入った。「夢」の中で少女が私の手に載せたあの「氷細工」の小さな林檎にとてもよく似ていた。
「これをどこで?」
手に取って 両手で包み込むようにして見る。それは思ったよりずっと確かな重みがあり、指の隙間からきらきらと美しい輝く光が漏れた。
「さっきまで枕元に。眠っていらっしゃる間ずっと、大事そうに触れておられましたよ」
以前から持っていた、ということはないはずだった。いつから枕元に?と聞いても、
解らないと言い、家政婦は付け加えて言った。
「昨日は見かけなかったように思いますが」

ダイヤモンドより貴重…か、少女の大げさな言葉を繰り返し呟いてみる。小学生の自分が、書いて渡せなかったメッセージを考えてみる。
さっき聞いたヘルパーの彼女の名前は、照れくさいので覚えられないふりをした。謝らなければと思ったが 簡単には言葉が出ない。
「この間は…この間は…えっと」

咳払いで先を胡麻化すと、覚えてくれるまで何度でも教えますよ、という風に彼女は悪戯っぽく眉を上げ、笑って名前を告げる。窓を開けましょうね、いい風が入ります、言いかけた言葉の先を促すでもなく、彼女はそう言って 鎧戸を開けて回った。
さわやかな初夏の風がカーテンを揺らし、柔らかな日差しが部屋を満たしていく。





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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

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喜びます。

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