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生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

あおげばとうとし

800字バトル第三回の お題「電車、卒業式 歌手」でした
800字で話を纏めるって難しいです。何回も書いたり消したり。
短くて必要な内容がちゃんと伝わる文を探して ずいぶん悩みました。
良い出来とはいえないかもしれないけれど、書いたり消したりした分だけ愛着のある作品です。






電車が故郷に近づくにつれ、苦い思い出が次々蘇る。
萎えそうな気持ちを奮い立たせるためもう一度メールを開く。

隣に座った女、栞は元はアイドル歌手だという。
「今は小さな店で酔った客相手に歌うだけ。
どんなに一生懸命歌っても誰も聴いてないの、嫌んなる」
辞めちゃおうかな・・情けない顔で笑い、こんな筈じゃなかった、と溜息ついた。
「で、君は?」

寝たふりをしそびれ、仕方なくとろとろ質問に答える。高校は退学処分。
住み込みの職場に元担任が、未だに手紙を寄こす。
毎年この時期には「お前の『卒業式』やるから一度顔見せろ」と言って来る。
どのツラ下げて会うんだよ、いつも無視した。
最近、「見習い」が取れやっと正社員になれた。思いがけず職場の人達が祝ってくれた。
『必ず来い、お前が来るまでずっと待ってる』今年はメールが来た。

「良かったね、それすっごく嬉しいよね」
栞の声が弾む。返事をせずそっぽ向いたが、頬が緩んだ。



「いいなぁ、卒業。で、感謝の言葉考えた?」
「ねぇよ。そんなん」
「ダメよ、気持ちはちゃんと伝えなきゃ。
ずっと気に懸けてくれる先生なんて、そういないよ」
解ってる。
問題起こす度本気で心配してくれた。
退学処分に必死で反対してくれた。
本当は先生があそこに居てくれると思うだけで安心した。

アナウンスが、懐かしい駅名を告げた。もうすぐ着く。
「あ、いいこと思いついた」素っ頓狂な声で栞が言う。
「先生の前で歌うの。『仰げば尊し』」
「誰が?」
「勿論、君。ああ、でも、聴かせたい人がいて届けたい歌がある、羨ましいな」
栞が澄んだ声で歌い出す。電車の揺れがリズムを刻む。
釣られて俺の口から小さく歌が零れた。


電車がゆっくりとホームに滑り込んでいく。
「一緒に来る?」通路を顎で示すと、
「いいの?」栞は目を輝かせ、初めて華やいだ笑顔を見せた。
開いた扉から 故郷の春の風が舞い込んだ。


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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

過去記事どこにでも、
コメントOKです。
舞い上がって
喜びます。

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