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生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

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その夏(けっして忘れないこと)

えー・・・色々迷い、葬儀屋さんと幽霊の女の子の話にするか ほっこりメンバーが依頼を受けて見舞いの「仕事」をする話にするか、はたまた 語りの『私』にあきらかなフィクションらしく「名前」をつけるか、孫を主人公にするか などなど紆余曲折し、モトネタ的なこれで出すことになりました。随筆ではないです。お題のあたりにフィクション入ってますし。でも小説としても完成してません。評価をもらったり オススメに参加するのもどうよって思いますが 読む人に任せることにしますね。


第60回 Anniversary Mistery Circleお題
●「夢には足音がある。」 で始まり
 
●「その夜二組目の客がくるころには、彼女のことなどすっかり忘れてしまった。」で締めくくること

お題出典 《 「娼年」 集英社文庫 著:石田衣良 》


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いつも見るのは足音が聞こえてきそうな夢だ。

母は入院中ずっと「歩く」ことにこだわった。
「鍛えておかないとね。足はすぐ弱るから」
そう言って いつもこうやって足の体操をしているのだ、とベッドの上、半身をおこして伸ばした足をぱたぱたさせて笑った。

白いまっすぐな足が薄い夏もののパジャマから出ている。かなり痩せてしまったものの、年齢を感じさせないつややかな脚だ。足の爪も手の爪と同じに奇麗な形だ。適度な厚みと幅を保って長く、先に向かって緩く細くなる。赤いマニュキアの良く似合う爪だと私はよく羨ましがって褒めた。残念なことに私の爪は母に似ず、父ゆずりの小さく丸っこい形だ。


点滴がある時は器具を支えにして、薦められても歩行器には意地でも頼らず、病棟の廊下をくるりと一周、母はひとりでよく散歩をしていた。他人には迷惑を掛けないのだ、いつか家に帰る日に備え、足を鍛えているのだという強い意志が、精一杯しゃんと伸ばした背中に感じられる。ポータブルのトイレを嫌い、無理やり許可してもらっての「お手洗いのついで」の散歩だった。

病状の難しさを思うと何とも言えない気持ちになり、立ち止まって廊下の先を曲がるまでその後姿を私はただ見ていた。新しく建った有名な高層ビルがはるか遠くに見える廊下の突き当たりの大きな窓、吸い込まれそうなくらい奇麗な夕焼けが広がっていた。夏のはじまりだった。

遠ざかる小さな後ろ姿。廊下で滑らないようにと指定された柔らかな素材の「靴」からは足音なんて聞こえない。聞こえないはずなのに、どうしてだかその時の映像が浮かぶといつも トントン、スッスと小さな足音が重なって聞こえる気がする。私はここに居て、今 この足で歩いているのだ、この世界に言い聞かせるように。


数か月前から検査結果を見ては輸血、という対処療法で何とか過ごしてきたのだけれど、あの日検査結果は悪い数値を示した。5月の終りのことだ。
専門の病院を薦められ、転院してきたこの病院では大勢の医師を含むスタッフが母の来院を待ってスタンバイしていた。まさかこんなにまで重篤な状態だとは本人さえ思っていなかったろう。昼食後の薬が飲みたいという母と、少しおなかが減ったね、なんて言いながらバスで駅まで出て、ハンバーガー屋で数口味気ないハンバーガーを食べてからの暢気なタクシーでの到着だった。母の荷物を病室に置き、医師に呼ばれて受けた説明では治療をせず放置すると3日から一週間で亡くなるという。そんな時 治療しないという選択など誰ができるだろう。


しっかり者だった母が、入院後はすっかり気弱になって、感謝の言葉ばかりを口にするようになっていた。他人に迷惑をかけたくないという気持ちが強い母は 朝の検温の前に起きて身体を拭き髪を整えて身づくろいし、枕に落ちる髪を丁寧に拾って奇麗にした。
私に向かって深深と頭を下げるのだけは辞めてくれというとそれでも、悪いね、ごめんね、有難うと そればかり毎日母は言い続けた。

職場から近いところに入院してもらえたおかげで、夕刻、ほんの数時間だけれど毎日会いに行き、食事をとる母の傍でほぼ毎日、とりとめのない話をすることができた。幾分記憶のあやふやになった母に私の覚えていることを話し、私の知らなかった母の思い出話を聞いた。
時間は母の生きてきた80年をさかのぼり、更に母の親や兄弟、そのまた親の話にとなり、行ったりきたりしながらやがて父と出会い私や姉が生まれて育っていく。長い長い思い出話で笑ったり驚いたりの毎日で このささやかな幸せがずっと続くかのように感じていた。


本人の希望と、家が大好きな母をもう一度お気に入りの茶の間に座らせてやりたい私たち家族の気持ちを汲んでの一泊だけの帰宅。食べたいものを迷いなく挙げる素晴らしい食欲がただ嬉しくて、一番の食材を揃えての2日間のメニュー。母に埃やかびを近づけまいと 家の準備をする姉の努力は涙ぐましいものだった。ピザ、ステーキ、天ぷらそば、鰻。希望通りに揃えた食事を美味しい美味しいと完食する母。許可が出た半身浴を済ませた母の満足そうだったこと。

「またここを歩いてお買いものしたい」と母は小さく呟いた。
自宅での一泊を済ませ、病院に向かうタクシーの中で、暮れていく駅前の商店街を通り過ぎる時だ。私はその時何と返事したのだろう。少しでも状態が良くなったら帰りたい、通院治療にしたいと言ったと思えば、こんな状態のまま家に帰っても父に迷惑を掛けるから帰れないと言ったり、母の気持ちも揺れていたのだと思う。


野球の好きな母は病室でも高校野球とプロ野球の中継を楽しみにしていた。タイガースは今年いいじゃない、昨日はいい試合だったね、と話を振ると決まって 引き継いで詳しく解説と感想を楽しげに(あるいは怒りながら)語ってくれた。またある日は夕方遅く病室に行くと、さっきまで泣いていた目をして、野球が終わってTVを消したら何だか悲しくなるのと 情けない顔で笑った。
意識が無いと言われた時も 父の歌う調子っぱずれの応援歌「六甲おろし」に心拍数を上げたのは偶然なんかじゃ、きっとない。

締め切った窓の外、気温が解らないと言いながら天気予報をよく見ては 台風の情報を気にして あの物干し竿を下に、植木鉢は家の中に、父には雨風の日は出歩かないように、と毎日のように電話していた。
無理して来んでいいよ、早く帰って家のことをして、子供たちのところに居てやって、が口癖だった。。母の中ではうちの子供たちなんて いつまでもほんの小さなこどもなんだろう。大丈夫だよ みんな大きいんだし お腹すいたら勝手に食べてるよ、そう返しても早く帰りなさいと そればかり言った。
台風の多い夏だった。

虹を見たのは いつだったろう。
その大きな虹はちょうど病室の窓、少し屈んで見上げると見える。
「見て、ほらすっごく大きな虹」
気が付いて告げると母もベッドから降り一緒に屈んで見上げた。こんな大きくてくっきりしたのを見るのは初めてだと母も嬉しそうな顔を見せた。
「あ、お部屋間違えた」
たまたま病室を間違えて顔を覗かせたうっかり者の看護師さんにも教えると、彼女もその見事さに驚いて、他の病室の人たちにも教えて来るんだと ぱたぱたと慌てて出て行った。
神様からの自分たちへの特別なプレゼントなんて思わない。けれど 一緒に見上げて歓声を上げた光が射すようなその幸福な時間に自分が立ち会えたことに心から感謝する。



大事なひとを失うことは「胸にぽっかり穴があく」んだとずっと思っていた。今それを訂正したい。
数か月の夕食時の病院通いの私、アイスやプリンを選んでは「3時のおやつ」の時間に通った姉も、それぞれが沢山の数えきれないほどの思い出を増やした。少しでも病院のご飯を美味しく食べられるようにと毎日佃煮や昆布、梅干しにふりかけ、あれこれと選んで運ぶ内、子燕にエサを運ぶ母鳥のような気になっていた。けれど本当はその日々、大事なものをもらっていたのは私の方だったんだろう。父や叔母の、母と過ごしたの時間をお互いに加え、語り合うことで更に濃く深く、この数か月間、そして最期の数日間私たちが得たものは数えきれない。
「穴」は空くかもしれない、でも溢れる程の思いが「穴」を豊かに満たしてなお余るのだ。


荷物をすっかり片付け、後にした病院、ささやかで温かい「お別れの式」をした小さな葬祭会館。それらの場所は、次の「客」がくるころには、前に居た人たちのことなどすっかり忘れてしまうかもしれない。けれど私たちにとってはそこにだって 通り過ぎる時見るとまだ母は居て、母の気配を強く残している。母のお気に入りの茶の間の座椅子だけでなく、家のどの部屋にも母は居て 父の傍にも 私たちの隣にも 母は居なくなってはいないのだ。

大事な人の死を受け容れるということは「もうどこにもいないのだ」と悲しみの後に理解することだと思っていた。でも今は「どこかにいる」「どこにでもいる」、そんな風に思うのだ。
私たちが失ったのは 触れたら温かい母の身体と、この先の新しく重ねていくはずの「思い出」だ。でも まだそれを 悲しみと寂しさの内に実感するところまで至っていないのかもしれない。
深い悲しみや寂しさが この後いつかやってくるとしても 今は、いっぱいの「良かったね」が言いたい。大好きだよ、有難う、ずうっとそばに居ていいよ。今 掛けたい言葉はそれだけだ。





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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

過去記事どこにでも、
コメントOKです。
舞い上がって
喜びます。

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