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STAND BY ME

生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています

パッチワーク (さかなの目 7)

クリスマスが近づくとあの人たちを出そうとかこんな話にしようとか過去作引っ張り出す傾向があるのですが、今回は自分でも予想外の人たちが予想外の展開のクリスマスを迎えてしまいました。
何であいつが死なないといけないんだ、と泣くひとに「ひとは皆死にます」と医者が静かに言うのは萩尾望都の「アメリカンパイ」だったと記憶します。そうだよな、と思う今日この頃。笑って思い出してもらえる人になりたいななどと 思います。(まだまだ生きてるつもりだけどね)

「さかなの目 その7」に当たります。一応 独立しても読めるはずだと思いますが、キャラが解りづらいかもしれません。気になる方がもしいらしたらhttp://nazunashortstories.blog12.fc2.com/blog-category-22.htmlにどうぞ。


第75回 Mistery Circle 参加作品
お題
●「そんな強引で姑息な手段ではちっとも気が晴れなかった。」で始まり

●「みんなざわざわ言いながら、私の方を見た。私も驚いたけど、みんなも驚いた。」で締めくくること

お題出典
「 幸福な食卓 」 講談社文庫 著:瀬尾まいこ 

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 ──姑息な手を色々使った。だけど 何をやってもちっとも気が晴れなかった。
だってあの人はいつも笑って冗談にして、逆に面白がって、全然慌てたり焦ったり、怒ったりしなかったもの。

 ファミレスのつるりとしたオレンジ色の椅子。店の入り口には大きなツリー、窓には電飾。軽やかに流れるBGMもクリスマス関連の洋楽だ。弾むような足取りでオーダーを取りに来た店員が、笑顔をほんの僅かに引っ込める。地味な黒いワンピースの私と、金髪ピアス、レザージャケットの男性は明らかに周囲から浮いていた。店内は子供連れの家族の笑い声とカップルの語らい、交わされる親密な微笑みに満ちている。

──姑息…ね。たとえばどんな?
向いの相手は好奇心いっぱいの子供のような目をして身を乗り出す。席についてから「クリスマス限定おすすめランチセット」のメニューを逐一読み上げ、周りの客を観察しては、その関係や今している会話を勝手に想像して披露し、そうかと思ったら突然黙って格好つけて窓の外を眺める。ちらほら降り始めた雪に気づき「おっ、雪」「ほら、雪だよ、ほらほら」とはしゃぐ。本来の待ち合わせの相手がまだ来ていないし私は食事をする気は無いのだと言っても、お腹が空いたからと、自分だけランチをオーダーした。
──聞きたいですか?
──聞きたいね、ぜひ。
後ろの席の客が、立ち上がろうと椅子を引く。隣の席に置いた黒いトートバックに思わず手を添えた。久しぶりに開けた実家のクローゼットの奥で見つけた学生時代の鞄だ。この中に「あの人」が居る。
*
 あの人がうちの家族に入り込んで来たのは 突然だった。私は小学生で妹はまだ保育園。早くに父を亡くし、まさに「女手一つ」で母は祖父の代からの小さな酒屋を営み、私たちを育てていた。ふらりとやって来たあの人が、重いビールのケースを荷台に積む母を手伝った、それがきっかけだと聞いた。
父が亡くなったのは私が三歳の時だ。覚えているのは 大きな手、安心する温かい背中。でも、それも「お父さん」という言葉のイメージから作り出した後付けの「記憶」なのかもしれない。確かなのは葬儀の日、黒い服を着た大勢の知らない大人たちの重苦しい雰囲気が恐ろしくてただ、早く終わればいいと思い続けていたことだけだ。日常に戻って、母が以前と同じように仕事を続け、私たちに笑顔を見せるようになってどれほどほっとしたことか。母にとっては「以前と同じ」などではあり得なかったのだと、あの頃の母に近い年齢になった今 思う。
*
 鞄の中の「あの人」を、実の娘さんに託す約束を果たすため久しぶりに実家に戻っていた。着て来た服も持ってきた着替えも今日の気持ちにどうもしっくりこなくて、迷った末にこのワンピースを選んだ。古びた店の正面の硝子戸が「家の玄関」だ。ひっそりと自分たちだけで葬儀を済ませたせいで、買い物客だけでなく商店街の面々が線香をあげに、そして母を励ましに度々尋ねて来る。その色ガラスのドアに手を掛けた時、向こうに人影を認めた。どきりとしたのはその人の髪の色や服装のせいでは無い。どこが似ているわけでもなのに、一瞬あの人がそこに居るように思ってしまったからだ。歳はあの人よりずっと下だろう、むしろ私の方が近いかもしれない。ドアを開けると訪問者は私の前に進み出、満面の笑顔を私に向けて、あの人に会いに来たのだと言った。
「店を持てたら 一番に招待する約束をしてたんで。忘れてるかもしれないけどね」
そう言って差し出されたのは一駅先に新しく開店した美容室のチラシと、お洒落な名刺だった。
あの人は残念なことにもう居ないのだということを告げると彼は心底驚いた様子を見せ、会いに来るのが遅かったことを 何度も繰り返し私に謝る。今 出かけるところだと言うと、理由を問われ、ぽつりぽつりと話しながら歩くうち一緒にここまで来てしまったのだった。

*
──あの人の距離感というものに馴染めなかったんです。自分が原因で「目下 家出中」、もう帰り辛い立場だと、隠すことなく言っていました。そのくせに、美人でしっかり者の奥さんとの間に高校生の娘が一人いて、その子が実に可愛いんだとかなんとか、悪びれる様子もない。下らない駄洒落やお笑いタレントの真似を連発しては幼い妹を笑わせる。絶対に笑うもんかと険しい表情を崩さない私の顔をちらと見て妹は、いつも慌てて私の方に逃げて来ます。けれど、家に「面白いおじさん」が居ることを妹は本当は喜んでいました。保育園の送り迎えで見かける「男親」というものが、ずっと羨ましかったのでしょうね。

 住み込みの従業員。長い期間、ずっと母はあの人をそう扱った。それは嘘でも誤魔化しでもない。以前は人を雇っていて、そのための部屋もあったし、父を亡くし、傷めた腰を庇いながら一人で仕事を続ける母にとって、それは不自然なことではなかったと思う。生真面目で一生懸命で強くて優しい母、そして亡くなった父のことが大好きな母。だから本当は、商店街の人たちの好奇心が見え隠れする「心配」など、気にも留めなくて良かったのだ。それでも私が嫌だったのは あの人が、ずんずん我が家に馴染んで、いつか「特別な一人」になりそうな予感がしたからだ。
「妹はあの人を『おとーたん』って呼びだしたんです」
「『お父たん』?」
「いえ、『おとーたん』。あの人は『とおる』さんだから、『とーたん』。……で、」
「『お』をつけて『おとーたん』」
相手は男の人にしては細くて綺麗な人差指をこちらに向けながらそういうと、可笑しくて仕方がない、という風に笑った。もともと笑い上戸な人のか、身体を折り曲げて笑い続ける。
「なるほどね。妹さんには名前を含めて、気に入られたみたいだね」
「抱っこにおんぶ、肩車。手遊び かくれんぼ、鬼ごっこ 妹がせがめば何でもしてくれる。もともと女の子のお父さんだということも聞いていたし、よく聞く危ない性癖の人では無いことはなんとなく信じられた。だけど、」
「姑息な意地悪をやめられなかった?」
「そう、それも結構長い間」
 あの人の靴の左右の靴ひもを合わせて固く結んだり、お茶碗を隠したり、帰って来た時わざと気づかないふりして鍵を開けなかったり……妹には小さな悪戯に見える範囲での嫌がらせを次々と考えた。そう、そんな自分でも『悪意』というものをまだ、幼い妹には教えたくなかったのだと思う。
思い出した順に自分のした意地悪を数え上げると、向かいの席の相手は一つ一つに声をたてて笑った。
「なるほど。それから何にも気にしてない風だった『おとーたん』が君の家を出て、『通いの従業員』になって、その間、実は僕と暮らしてた、という訳だ。家出先からの家出?」

 最初は娘さんの居る家に帰ったのだと思った。自分で驚くほど焦った。あの人のハイテンションなお喋りや調子っぱずれの鼻歌が聞こえない夜の時間が こんなに静かで不安なものとは思わなかったのだ。今まで当たり前だった生活に あの人はそこまで入り込んでいたことに気が付く。何より、夜、潜り込んだ布団の中から聞こえる妹の泣き声が胸に刺さる。いつか来なくなるのではないかと心配したが、何事もなかったかのように日中は母と一緒に仕事をして帰って行く。黙って見送る母の気持ちは解らない。ある日、後をつけて、あの人が戻る場所が奥さんと娘さんの居る家ではないことを知り、そして、そのことに安心した自分にまた、落ち込んだ。ちゃんと謝れたわけではないけれど、妹が寂しがって困るということを告げて、居ないと逆に迷惑だと口を尖らせて文句を言う私のことを あの人は盛大に笑った。間をおいてやっとあの人は戻って来てくれたけれど、その間に奥さんときちんと離婚したということを知ったのはずっと後のことだ。
「確かにいきなり人のテリトリーに入り込んで来る人だよね、いい歳して、お調子者で図々しくて、ガキみたいで、ほんと、迷惑で」
当たっている、どこまでも当たっている。でも今ここに「居る」人を悪く言うのは躊躇われる。私は手元に置いた鞄の開いた口から覗く小さな包みを思わず左の手で触った。その様子を見て、私の思ったことを見抜いたように相手も加えて言う。可笑しくて仕方がないという表情で。
「だけど、全然 嫌いになんかなれなかった、そうじゃない?君だって」

*
 駐車場に軽自動車が止まり、私より少し年上の女性が下りるのが見えた。今日 ここで会う約束をしたのは あの人の実の娘、千波さんだ。妹が「おとーたん」にすっかり懐き、あの調子のよいフレンドリーさを振りまき続けた結果、商店街の皆からもやっと仲間として認められたころのある日、初めて彼女に会った。本当の、帰るべき「家庭」があり、自慢の可愛い、血のつながった「娘」がいることは常に私の頭の中にあったはずだったのに、店の前でぼんやり佇んでいた彼女を見た時は心臓がきゅっと苦しくなったのを忘れない。
ドアを開けて入って来て店内を見回し、千波さんが私に気づく。でも、向いに座る見知らぬ男性を認めて、少しだけ戸惑った様子になった。私が手を挙げて彼女の名を呼んだ。
「こちらは?」
運ばれて来た水に口をつけながら、千波さんが私に聞いた。彼が答える。
「初めまして。『自慢の娘の千波さん』にずっと会ってみたくて、今日は強引に付いて来ました」
「すみません。うちに訪ねて来られたんですけれど、丁度出かけるところだったので……」
「父のお知り合い、ですか」
「一年近く一緒に暮らしました。丁度こちらのお宅から追い出された時に、上手いこと拾わされて」
悪戯な目つきで私を見て彼は言う。
「何だかこの人に姑息な手を駆使していびり出されたらしいですよ。ああ、ご存知ですよね」
「いえ、それほどは詳しくないんです。父のこと」
「でも、ずっと想ってた。そして彼、とおるさんもあなたのこと、とても」
千波さんは苦笑いしながら首を横に振る。
「本当にそんなに想っているなら、ちゃんと帰って来るもんだと思います」
千波さんと喋るといつも、言葉の棘が私たち家族に向かないよう気を使っているのが解る。この人はこの人で、お父さんに離れて行かれてずっと苦しい気持ちだったはずだ。
「あ、そうか。そうだよね。うん、そうだ、そうだ。本当に」
千波さんの返した言葉を受けちょっと驚いたように目を丸くした後すぐ笑顔に戻る。そして大いに納得しているという風に何度も頷きながらまた、彼は声をたてて笑う。
──あ、まただ。
私は思う。会話の合間に何だか懐かしい感じがするのはあの人と良く似た返し方をするからだ。
「貴方は、どこで?」
先に会ったのは私なのに、まだ聞けてなかったことを千波さんが聞いた。
「ああ、僕ね、そうそう。謎だよな、いきなり一緒に暮らした男とか現れて」
その言い方がまた、あの人に似ていて、思わず彼の顔を見た。同じ思いだったのか千波さんも顔を上げて彼を見た。
「やりたいことも見つけられず、大学サボってふらふらしていた時期だったな。入り浸っていたゲームセンターが初めて会った場所で。後ろからやたら覗かれてね、恥ずかしいほど大げさに応援するんだ。面白いよね、最初は何だ、うぜえおっさんだなと思ったのに、いつの間にかあのペースに引きずり込まれてた」
あの人のことだ、それだけで初対面のうんと年下の彼のところに転がり込むのも想像ついた。千波さんも同じ気持ちだったのか、くすっと笑うと
「自分のこと棚にあげて、ちゃんと先のこと考えろとか 説教したりしたんでしょ?」
「仕送り受けて暮らしていたからね。大学行ってないことも親に隠してたし」
「人の所に転がり込んで強引に住まわせて貰っているのに よく言うよね」
──ですよね、彼は少し考えるように言ったあと 皿に残った星型の人参を口に運んだ。
「だけど、あの頃、詐欺紛いのアルバイトに加担するところをギリギリで辞められた。彼がいてくれたお陰です。そして」
「ちゃんと進路を考え直した?」
千波さんが窓の外の雪を眺めながら言う。硝子に映る表情は見えない。
「お役に立てたって訳ですね。貴方の人生に」
千波さんが まだ外を見たまま 穏やかな声でそう呟き、静かな深いため息をついた。
「あの人の髪をもう一度ちゃんとカットしてあげたかったなぁ」
一緒に暮らしてる時、何度か髪を切ってあげたんですよ……彼がしんみりとした口調で続け、聞き手二人が俯くと、でも、と急に前に乗り出して片目をつぶり囁くように言った。 
「無責任に誉めて、相手をその気にさせるのは超一流な人だったよね」

周囲の席で家族連れがにぎやかに笑う声が響く。小さな子供がぐずって泣く声、それをなだめる若い母親、中高生のグループがスマホを見せ合ってはしゃぎ、老夫婦が隣のテーブルの赤ちゃんに目を細める。足元に子供の落としたスーパーボールが転がって来た。拾って、追ってきた子に渡してあげた。たどたどしい「ありがとう」。

「ずっと……」
頬杖をついたまま周囲を見ていた千波さんが、コーヒーカップを包み込むように手を添えて言う。今注いだフレッシュがゆるやかな渦を描いている。
「こんな風にファミレスでクリスマスが過ごしたかったんです、父は」
「ファミレス?」彼が聞く。
「そう、だからせめて今日はここで会うことにしたの。妙だと思ったかもしれないけれど」
千波さんが私の方に向き直って静かに微笑みながら言う。
「かなり思いつき、だったんだけどね」

「うちは誕生日もクリスマスも家ですることにしていて、食事と手作りのケーキは母が必ず用意したんです。毎年 毎年」 千波さんが言う。
「何度か『母さんも準備大変だろうし』って 気遣うみたいに言っては父は外食を提案してた。でも母は大丈夫、っていうんです。それに『母さんの手作りの方が美味しいわよね』って。言われたら私も頷くしかなくて。本当は私も少し行ってみたかったんだけれど」
うちはいつも店や配達の仕事が忙しくて家で済ませていた。おかずもケーキも買ってきたものばかりだったけれど、私たちの好物を母は食卓に並べてくれた。妹と私は折り紙や絵で部屋を飾った。あの人と一緒に住むようになってからも それはずっと一緒だった。
外の雪が本格的に降ってきた。立ち止まって傘を広げる人、寒さに寄り添うカップルがガラス越しに見える。三人とも窓の外を見ながら 少しの間沈黙が続いた。
「そういうところかな。母と父が続かなかったのは」
そう呟いた後ちょっと重くなった空気に千波さんが気づいて困った顔をした。

 突然向かいの彼が手をポンと叩くと、満面の笑顔を見せて言い出した。
「じゃあさ、今からやってあげようよ。ファミレスのクリスマス」
私と千波さんが同時に彼を見る。重い空気や沈黙を冗談を言ったり急に話をそらしたりして破ろうとするところもあの人に似ていた。
「出してあげてもいいんじゃない?その椅子空いてるし」
「自慢の娘たちと一緒なんて喜ぶよ。加えて僕。妙な取り合わせだけど、それもまた面白がってくれると思うし、ほら」
ぽんぽんと続けて言いながら彼が指し示すのは 私の鞄の中の「あの人」だ。白い布に包んだ小さな壺に入った、あの人だ。
周りは濁りの無い明るさと幸福感で満たされている。調子の良いクリスマスソングのBGMが流れ始め、向こうの席から乾杯の声が聞こえると、流石に躊躇して鞄の中を再び見た。
「あ……」
内側のポケットのファスナー少し開いていて 中に何か明るい色のものが入っているのに気が付いた。

手を差し込んで出してみる。この鞄を使っていた頃少し流行った緩いキャラクターを、一面にあしらった大判のバンダナだ。小さなヤシの木やバナナが全体にプリントされていて、その間でキャラクターがおどけたポーズで踊っている。
「それ、好きなの?」
彼がぷっと噴き出し、目を細めながら揶揄うように言う。今日の黒いワンピースには全くそぐわない持ち物だった。取り出して広げて眺めると忘れていた記憶がよみがえる。
「ちょうどこの鞄を毎日持っていたころに、貰ったんです。『これ、持って行け』って」
「『とおるさん』に?」
ええ……私が頷くと千波さんが手を差し出すので渡す。バンダナを手にして少し黙っていた千波さんが 何か楽しいことを思い出したように口元を緩めると ゆっくりとした口調で聞いた。
「その時期って もしかしたら何か落ち込んでたとか、辛いことあった?」
「え、と……あっ、ああ、失恋、だったかな。もう、遠い昔ですけれど」
「いきなり 押し付けるようにくれたんでしょ?」
そうだった。あの人が何に気づき、何を思ってくれていたかなんて考えたこともなかった。
「ちょっと驚きました。そして、こんなの要らない、趣味悪いって文句言ったけど、まあ、いいから持っとけ、持っとけって」
「ふふ、私も似たようなこと、あった気がする」
千波さんが続ける。
「学校で嫌なことが続いた時、ランドセルにつけろって、変な、きのこの形のキーホルダーをくれた」
お母さんに叱られてる時に後ろでふざけた歌を歌って邪魔をして 今度はあの人が怒られた。熱が出て寝込んでいる時におかゆを作ってくれた。梅干しと昆布とちりめんじゃこで描いた歪なスマイルマークと下手くそな「がんばれ」の文字が載っていた。
──そんなこと、僕にもあったな 
彼が記憶を手繰るように目を伏せて、そう言った。
* 
 派手な色のふざけたバンダナを被って「あの人」が奥の椅子に居る。あの人の念願叶ったファミレスでのクリスマス会は、不思議な親密さと明るさに満たされていた。結局 私と千波さんも食事を、ランチを食べ終えた彼はもう一品頼み、乾杯して、ケーキも食べた。人数より一個多めのオーダーに店員は少し首を傾げた気もするが、そんなことは気にしない。食べ物を残すとお祖母ちゃんに怒られたとあの人から何度も聞いていたので 皆で綺麗に食べ切った。

 そして予定通り、千波さんに「あの人」を託す。千波さんがあの人を納めるために、煌めくような星空色の陶器の容器を創ってくれた。皆と同じ普通の骨壺じゃなくて自分のためだけの特別な容器に入れて欲しいというあの人の願いを 以前に聞いていたのだそうだ。そうして 厳しくて優しかった千波さんのお祖母さん──あの人のお母さん、の居るお墓に、共に眠ってもらうことも決めている。
「大人しく『眠ってる』とも思えないけどね」
受け取ってぎゅっと抱きしめるように持ち、頬を寄せると、千波さんはそう言って顔をくしゃくしゃにして笑った。

駐車場にうっすらと雪が積もっている。誰からともなく足跡をわざと残すように歩く。
「今日は有難う」
千波さんが車の前で軽く頭を下げると、彼は「こちらこそ」と上着のポケットに手を入れたまま照れたような笑顔を見せた。そして身体を折り曲げるようにして、千波さんの抱いた「あの人」に手を延ばして触れると「またね、とおるさん」と声を掛けた。
ずっと笑ってばかりいたのに、涙が一粒零れると止まらなくなった。最後に何か言おうとするとしゃくり上げ のどが震え奇妙な声が出た。外で声を上げて泣くなんてあり得ないと思っていたのに自分でも驚く。通り過ぎた子供が振り返って私を見る。犬が不思議そうな顔で私を見上げる。
信号待ちで立ち止まると、舗道ぞいの店の小窓に飾られたパッチワークのタペストリーが目に入る。鮮やかな赤や緑、ツリーやサンタやプレゼントをあしらった賑やかなキルト。花柄やチェックやプリントの小さな布を繋ぎ合わせたそれを眺めていたら見飽きなくて、信号が変わったことにも気がつかなかった。
 今日だけでもたくさんの思い出の欠片を受け取った。こうやってあの人に繋がる誰かと語り合うたびにそれは増えていく。持ち寄ったあの人の思い出を繋ぎ合わせたら、どんな模様が浮かび上がるのだろう。それはカラフルで、きっと、くすっと笑えるものに違いない。
自分勝手で、面倒くさくて、お調子者で 子供みたいで、とんでもなく迷惑なひと。 今日はあの人が居た時みたいに 滅茶苦茶な鼻歌を歌いながら、スキップして家に帰ろう。


Merry Xmas、






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すずはら なずな

すずはら なずな

どれも短いお話ですが 
一つでも心に残ったら嬉しいな。

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